肥満患者のモニターの問題
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肥満患者の手術と麻酔で重要なのは麻酔時の情報が得にくいことである.脈は触れにくいし,血圧ははかりにくいし,心音も呼吸音も何も聞こえない.
アメリカの麻酔が大幅にモニター機器に頼るようになっている理由の一つは,日本人の患者のようにやせた患者なら聴診器で済むことが,肥満したアメリカ人の患者では機器を使わざるを得ないからである.
たとえば普通の患者に気管内挿管すると,麻酔医は軽く胸を押してガスの流出を確認し,ついで胸の動きを観察し,聴診器で呼吸音を聴いて確かに気管に入っていること,食道挿管でないこと,チューブが深すぎないこと,などを確認している.
ところが高度肥満患者では胸を押しても空気の流出の確認が難しい.肥満のために機能的残気量が極端に減少しており,それ以上押しても何も出てこない.
胸の動きを観察してもよくわからない.聴診も頼りにならない.呼吸音などほとんど聞こえないのである.
われわれが呼吸のモニターに使用している赤外線吸収による炭酸ガス測定器は,そもそもアメリカで気管内挿管を確認する目的でモニターとして使用されるようになったものである.これは嘘でも誇張でもない本当の話.「炭酸ガスが出てきているのだからチューブは気管に入っている」と確認するのである.これは馬鹿馬鹿しく聞こえるかもしれない.しかし,うそのような本当の話なのである.
文献:諏訪邦夫 麻酔の科学 講談社(ブルーバックス)、東京.1989.Pp1〜215
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諏訪邦夫
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