電子版麻酔学教科書

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  モニターの将来(詳細に) #53
投稿者  諏訪邦夫
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投稿日時  2001年02月15日 11時39分
モニターの将来

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この文章は,最後の示した文献の原稿に手をいれたものです.

表1 モニターすべきパラメーターと,現時点でモニターできているパラメーター


呼吸:
換気量,換気の維持,血液ガス
酸素の運搬と酸素の利用

循環:
心臓:
下の三つのパラメーターは別個に必要
電気現象→EKG
拍出量→スワン・ガンスカテーテルなど,超音波
弁や心室壁の動き→超音波
末梢循環:
全身の循環と主要臓器の循環と血流
動脈圧→直接法,間接法,各種自動血圧計
超音波血流計
深部体温計
脳:
脳血流→?
脳の酸素化のパラメーター→?
脳の機能→脳波の解析
神経筋遮断→筋弛緩モニター
腎臓:
腎血流,腎機能のパラメーター,薬物排泄のパラメーター
代謝:
主要栄養素と代謝系の働き→採血による分析
薬物:
作用と代謝
表2 これから短時間に普及する/普及すべきモニター機器


心臓エコー
脳波
筋弛緩
各種薬物の量と作用
尿量の正確で連続的な測定
尿成分の測定
表3 現在すぐに必要だが,見通しのついていない監視パラメーター


脳(脊髄を含む)
脳循環
脳の酸素化
脳以外の組織酸素化
代謝・免疫の情報
表4 機械式機器と電子化機器


現在でも電子化されていない機器
(一部電子化の始まっているものを含む)
医療機器としては,麻酔器以外に
水銀血圧計とその他のアネロイドマノメーター
水銀式体温計
義肢,義足,義歯
点滴の制御と逆流防止弁
アンビューバッグなどの一方向弁
生活機器としては順不同に,

重量計,体重計
鍵と錠前
ガスレンジ
ばぶらし
楽器の大多数
ホッチキス
水洗トイレのメカニズム

急速に電子装置に変ったもの,変ってきているもの
医療機器 体温計 水銀式から電子体温計に
血圧計 水銀式から電子血圧計に
人工呼吸器 機械制御から電子制御に
検査機器 手動から全自動に
病歴や検査記録 用手筆記から電子的な記憶と筆記に
輸液装置 自然落下からポンプの使用に

生活機器 時計 機械式から電子制御に
ミシン 機械式から電子制御に
カメラ 機械式から電子制御に
映像記録 シネフィルムからヴィディオに
楽器 旧来の楽器から電子楽器に
音響再生装置 旧型の蓄音器からステレオ・テープレコーダーに
計算器具・装置 算盤・計算尺から電卓・コンピュータに
筆記器具 鉛筆・ペン・タイプからワープロに
調理器具 火のコンロから電子レンジに
自動車 機械式から電子制御に
陸上大量 蒸気機関車から新幹線



本文

モニターとして何が必要か
モニターの将来を考察するにあたって,“重症患者のモニターとして何が必要か”をもう一度考察しよう.監視すべきは,“患者の状態が健常である”ことと,“診断と治療の妥当性”の二つを確認することである.この二つを把握確認するためにモニターすべきパラメーターと現時点でモニターできているパラメーターを表1に示した.
この他に,現時点では試験的な使用に留まっているが,技術的には完成していて今後急速短時間に普及するもの,普及すべきものもある(表2).

モニターとして何が不足か
モニター機器ないし方法として,現時点ですぐに使用したいが,実際上の見通しのついていないものを表3に列挙した.
表1〜3をみると,脳の機能・脳循環・麻酔深度など“脳のモニター”がきわめて手薄なことが目立つ.一部は近い将来において解決しようが,全面的な解決には時間がかかりそうである.提案されているものとしては,脳波関係(スペクトル解析と誘発脳波),頭蓋内圧,ドプラー血流計による脳血流測定の三つが中心で,この他に食道内圧,眼輪筋の動きなども補助手段である.いずれもパラメーター自体にも測定の技術にも大きな問題が残っている.このモニターの開発は急務といえよう.
同じ意味で,組織の酸素のモニターも不足している.

テクノロジーからみたモニターの将来
モニターの将来をテクノロジーの面から概観しよう.
近赤外線による脳組織酸素の測定
“見えているテクノロジー”としては,近赤外線による脳組織酸素の測定が第一である.これは技術的な報告は数多いが(Tremper,1987),実際に患者を対象とした報告も出はじめている(McCormick,1991).内容は近赤外線(可視光線のすぐ隣の赤外線),波長とすれば8〜20 μmのレベルのものを頭蓋にあてて,頭蓋内の情報をとるものである.測定できるものとしてはHbとHbO2 (したがって,平均的な血液量と酸素飽和度),それにサイトクロームaa3の酸化型と還元型である.後者は電子伝達系の最後の酵素で酸素に電子を渡す酵素であり,脳組織の酸素化,組織酸素分圧を直接反映するとも考えられる.
この測定に関して,血液ガスやモニターの権威であるカリフォルニア大学セブリングハウス(Severinghaus JW)は“ヘモグロビンだけならつまらない,サイトクロームaa3 測定は信用していない,後者は量が少なすぎて測れるはずがない”と主張している(私信).同じ装置を使っている別の日本の方の話しでも,“ヘモグロビンは測れるが,サイトクローム測定の方は使っていない”ということである.ヘモグロビンが測れるだけではメリットは少ないようにも思えるが,それでも頚静脈血の採血やカテーテル挿入なしに同様な情報が得られ,さらには部位の情報も得られるとしたら利点は大きい.
サイトクロームaa3 測定にしても,セブリングハウスのいう“少ないから測れない”というのも根拠は薄弱かもしれない.少なければ技術は大変かもしれないが,“不可能”を意味するものではない.“現時点では技術的に困難”なことは,原理的に不可能なのとは異なる.

ドプラー流量計による脳血流の測定・分析
循環系の解析においてエコーが有用な手段であることは疑いもないが,ドプラー流量計を使用した脳血流測定がICUでも始まっている.この測定は“流速”はわかるが“流量”は直接は測定できないのが欠点である.それでもいろいろと使い道はあるだろう.1990年末の時点で論文はフランスとドイツからでているだけであるが,まもなく英米や日本からも続出してくることだろう(Fritz,1990; Granry,1991).

ガスの分析に関して
ガス相の分析に関しては,質量分析計は限界がみえたが,ラマン分光分析はレーザー技術やフォトニックス技術に載っている.この基礎技術自体の進歩が著しいので,ラマンも今後急速に発展するだろう.限界の予測はむずかしい.赤外線は基礎技術がしっかりしていて,装置としても安定しており,費用が安い.今後も生き残るであろう.つまり,ラマンと赤外線が今後の方法として双方進歩するとの予測である(Westenskow 私信).

コンピュータテクノロジー
コンピュータテクノロジーに関しては,信号処理・バスの問題・記録と診療記録出力・モデルとシミュレーション,制御とロボットなどの問題がある.ソフトウェアの問題も大きい.
信号処理
赤外線の分析は基本は古く,安価で確実である.欠点はいろいろな情報がゴチャゴチャになることである.しかし,広いスペクトルをとってパターンを分析することなどで,単一物質の情報をとりだすことができる.こうしたコンピュータ側のソフトウェアによって,情報を分離する技術も進んできている.

バス(BUS)の規格と機器の統合
モニターの記録は診療記録に統合されるべきである.現時点では技術的な制約があるが,技術の制約はやがて克服される.その際に,秩序だった能率的な統合の準備を今から開始すべきである.たとえば,BUS の規格化が必要である.IEEE P1073 Medical Information BUS のシステムは,人工呼吸器とモニター機器を賢くしてそれを中央コンピュータに結合することを前提としている.それによって,個々の人工呼吸器の製造業者がソフトウェアを書く必要がなくなる.つまりこのBUS でコンピュータをつなぐと,全てのモニターや人工呼吸器が接続されて,データを記録しアラームを発するようになる.機器が故障した時は,それを単独に修復するにとどめず,しかるべき機関に報告してデータを集積し,同時にトラブルの拡散を防ぐというシステムを作り上げねばならない.それがあってはじめて,複雑な系が順調に改良が進むようになる.

記録と診療記録出力
モニターは機器の性質上,電子化された情報が自動的に記憶されていく.それに薬物投与のような手仕事の部分を加えて自動記録をとするテクノロジーが急速に進み始めた.
入力はキーボードよりタッチスクリーンが歓迎され,薬の名前や量はスクリーンにですものを指でさす.音声入力はまだテストレベルだが,これも随分進歩している.認識率が98%を越え,手でやるより速く,緊急条件でもでうまくいくようになった.しかし確立はしていない.
自動記録の利点としては,同じスペースに,手書きより3倍も多く書けること,300%多くのバイタルサインが記録されることで,モニターシステム利用で,手入力はごく少なくなってきている.
医療訴訟で実際にしっかりしたいい記録が残っていたために,訴訟で簡単に勝った例が外国では多数あるという.“自動記録”では“さぼっているのがばれるから困る”と考え勝ちであるが,実際には“真実が正確に記録されている方が医療者側に有利”と判明しているとのことである.現在のシステムは使用者とのインターフェイスが改良されて,短時間のトレーニング時間でまずまず使えるようになっている.

モデルとシミュレーション
ICUにおける薬物投与の際のファーマコキネティクスの計算や,治療法の選択たとえばウィーニングの正否の予測などに,モデルが使用される(Beck,1988;Bradshaw,1984).浜松医大では麻酔経過をモデルで予測して実際と対比する仕事を毎日の臨床にまであてはめてしまっている(三条,1991). こうした日常診療への組み込みはもちろんであるが,一方でモデルを使用した教育プログラムもいろいろと開発されている( 諏訪 1986, Suwa 1987,Schwid 1990).

制御とロボットの問題ICU機器の制御に関しても研究は多いが,優秀な人工呼吸器の開発と注入装置の普及は意義が大きい.記録もできるようになっているのがありがたい.
患者に直接働きかけるロボット,たとえば気管内吸引・体位変換・移動などを行わせるのは研究段階である.

ソフトウェアの普及に関して
コンピュータソフトウェアのうちで,医療従事者が自作するものは,その機関内での使用に限定され勝ちである.これは大変にもったいないことである.そこで,日本麻酔学会では,“ソフトコンテスト”という催しを通じて自作ソフトウェアの公開,フリーソフトウェア化を開始した(Suwa 1991).同様の試みが医学界全体に広まることを望みたい.

情報電子化の必要性
重症患者のモニターは,モニター機器を中心としたワークステーションになるのが当然の姿である.そのためにはすべての情報を“電子化”しなくてはならない.電子化した情報は記録・処理・制御が容易だからである.
たとえば手動式の血圧計ではかった数値は紙に記録されない限り永遠に失われる.たとえ紙に書いても,検索や他の機器との結合も難しい.しかし自動血圧計で電子化すれば電子情報として残り,紙の記録もCRT表示も,それによる機器の制御も思いのままである.
1990年の時点で,計測や制御を行う機器が,機械式のまま生き残っているものは医療機器ではごく少数である(表6).実は,生活機器でさえも機械式のものは稀になっている.時計やミシンのようにかっては機械式だったものでも,現在では電気式・電子式が中心になってきている.医療機器でも生活機器でもこの点は共通している.
患者管理における情報の“モニター”とは“患者からの出力をみる”作業であるが,その出力情報は可及的に電子化しておくべきである.それによって記録も制御も行いやすくなる.

近未来における問題点 − 無秩序な開発と故障への対応
重症患者のモニターを中心とした近未来における問題点として,無秩序な開発と故障への対応の二つの問題を考慮しておく必要がある.無秩序な開発が混乱の源となるのはゴルフ場や観光地だけではない.日本のワープロやパソコンが無秩序に開発されたことによる障害は計り知れない.同じことが医療機器やモニター機器に関してもいえる.前に述べたバスの提案はこういうことに関する解決策である.
機器は故障する.開発が進むほど,機器の数が増えるほど,不具合の数も増える.機器間の干渉も予想される.そうした問題を一元的に把握していく組織が必要であり,故障の報告義務も課することになるかもしれない.薬物の副作用報告ではすでに実現していることである.
まとめ
モニターの将来に関して,近未来に開発普及されるべき機器と方法を概観した.また周辺のテクノロジーも解説した.情報の電子化の必要性と問題点も考察した.

参考文献
Beck DE, Bradley EL, Farringer JA Predicting need for pharmacokinetic consultation follow-up using discriminant analysis. Clin Pharm. 7(9): 681-8,1988
Bradshaw KE, Gardner RM, Clemmer TP, Orme JF, Thomas F, West BJ Physician decision-making--evaluation of data used in a computerized ICU. Int J Clin Monit Comput. 81-91,1984;
Eisenberg PG, Cort D, Zuckerman GR Prospective trial comparing a combination pH probe-nasogastric tube with aspirated gastric pH in intensive care unit patients. Crit Care Med. 18(10): 1092-5,1990
Fritz W, Schmidt K. Transcranial Doppler ultrasound monitoring of osmo-oncotherapy in neurosurgical patients with brain edema. Neurochirurgia Stuttg. 33(6): 173-6,1990
Granry JC. Transcranial Doppler in anesthesia and intensive care. Ann Fr Anesth Reanim. 127-36,1991;
McCormick PW, Stewart M, Goetting MG, Dujovny M, Lewis G, Ausman JI. Noninvasive cerebral optical spectroscopy for monitoring cerebral oxygen delivery and hemodynamics. Crit Care Med. 19(1): 89-97,1991
Schwid HA, O'Donnell D. The Anesthesia simulator-Recorder: a device to train and evaluate anesthesiologists' responses to critical incidents. Anesthesiology. 72(1): 191-7,1990
Suwa K. A computer program for studying blood gases in respiratory care.J Anesthesia :155-161. 1987.
Suwa K, Miyasaka K, Tanaka Y, Ozaki M, Mori T, Iwase Y, Nishi S. Report on the computer software contest at 38th Congress of the Japan Society of Anesthesiology.J Anesthesia 5:441-444.1991.
Tremper KK, Barker SJ.(Ed).Advances in oxygen monitoring,Int Anesth Clinics 25(3),1987. pp177-197. pp209-230.
諏訪邦夫:呼吸管理と血液ガス学習プログラム
  呼吸 5:861-866.1986

この文章は下のファイルから引用されてくる.
 モニターの将来

この文章全体のもとになっている原稿
 諏訪邦夫:モニターの将来
 諏訪邦夫,奥村福一郎編:重症患者のモニタリング 中外医学社,1992.



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諏訪邦夫

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