電子版麻酔学教科書

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  薬物相互作用のまとめ #5
投稿者  諏訪邦夫
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投稿日時  2001年02月09日 21時34分
薬物相互作用のまとめ

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 薬物相互作用を,製剤上の問題,ファーマコキネティクスによる相互作用,ファーマコダイナミックスによる相互作用に三つに分類する(表1).


製剤上の問題:体外での相互作用
 薬物が体内に入る以前に,2つの薬剤を混ぜると相互作用が起って力価が低下したり副作用が生ずる状態がある(表2) .
 有名なのは,サイオペンタル+サクシニルコリンの混合である.両者を混合すると,サクシニルコリンが作用を大幅に減弱する.
 各種輸液薬には,カルシウムやマグネシウムなどを含むものがあり,薬物によってはキレート化によって作用が低下したり,溶解度が低下して沈殿するものがある.ステロイド薬のように,基本の作用は類似でも化学構造や製剤によって影響を受けやすいものと受けにくいものに分れる.サイオペンタルはマグネシウムを含む溶液では混濁して,作用がほぼ完全に消失する.

ファーマコキネティクスによる相互作用
 薬効は当該薬物の作用点での濃度で定まるが,Aの薬物濃度がBの薬物の存在で影響をうける,というのがファーマコキネティクスによる相互作用である.

循環動態を介するもの:循環動態の抑制された状況で,脳と心臓の血流は比較的影響を受けにくい.したがって,循環抑制薬と脳・心臓抑制薬は正の相互作用ないし相乗作用がある.
 一般に,麻酔薬はこの性質を有するから,“単独でもそれ自体に対して相互作用がある?!”,ともいえる.
 薬物を組み合せれば同様なメカニズムは明確になる.さらに,笑気のような溶解度の低い薬物が,ハロゲン系の溶解度の高い薬物の摂取を加速することもよく知られている.これは主として換気面を介する作用である.
 類似の作用であるが,局所麻酔薬の使用に際してアドレナリンを加えると作用時間が延長するのもこれに分類できる.

蛋白結合:筋弛緩薬をはじめとして麻酔で使用する薬物は,蛋白結合の重要なことが知られている.しかし,薬物相互作用として研究されているものは少ない.今後のテーマであろう.
 血漿のコリンエステレースで分解を受ける薬物として,サクシニルコリン,エステル系の局所麻酔薬(プロカイン,テトラカインなど),トリメタファンなどがある.大量を併用することはないので,実際的な意味はない.

代謝の相互作用:有名なのは酵素誘導 Enzyme Induction である.Aの薬物で酵素誘導が起ると,同じ酵素で代謝を受けるBの薬物の代謝が加速されるという現象である.
 通常は,代謝は分解を加速するので,作用が減退する方向に働く(表3).ただし,代謝物に活性のある薬物では,酵素誘導によって作用が逆に強くなる場合もある.麻酔臨床での特に重要な組み合せはない.
 MAO(モノアミン酸化酵素:monoamine oxidase カテコールアミンの代謝を支配する酵素の一つ)の阻害薬であるMAOIが,抗うつ薬などの中枢作動薬として頻用された.その場合,カテコールアミンや類似の交感神経作動薬(エフェドリン,ネオシネフリン)などの作用を増強する作用が強いので注意が必要である.現在では,抗うつ薬としては三環系薬物が中心であり,これにはMAOIの作用はないのでカテコールアミン系薬物と相互作用はない.

腎からの排泄:極性のある薬物と代謝産物の排泄は腎血流,尿細管機能,尿のpHの影響を受ける.どれも薬物間の相互作用を招く.全身麻酔薬は腎血流も尿細管機能も低下させる.度合は麻酔深度と動脈圧による.マニトール投与で腎血流が増加し,尿細管機能も増大して,薬物排泄能は正常に復する.
 酸性薬物は近位尿細管から分泌されて尿に排泄される.この機能は限界があり薬物同志が競合する.麻酔に直接関係する薬物の組み合せは知られていない.

ファーマコダイナミックスによる相互作用
 2種の薬物が同じリセプター乃至組織・臓器に作用して相加作用,相乗作用,拮抗作用を発揮するものがこれにあたる.薬物相互作用は,このメカニズムによる組み合せが多い.このメカニズムによる場合は論理的に予測が容易であり,臨床的にも重要である.麻酔領域での重要性も大きい.

リセプターでの相互作用
 二つの薬物が同一リセプターに競合する場合,親和性の低い薬物は親和性の高い薬物によって拮抗されてしまう.
 アトロピンやd−トボクラリンがアセチルコリンのリセプターに作用して頻脈を起こし,筋弛緩を招くのもこのパターンである.オピオイドの作用をナロキソンで消したり,イソプロテレノールの作用をプロプラノロルで消すのも受容体での競合である.
 薬物−リセプター複合体の結合は一般には可逆的で,作用物質の量が著増すれば拮抗薬に打ち勝つ.抗コリンエステラーゼ薬たるネオスチグミンを投与してアセチルコリンを増量させてdートボクラリンの作用をリバースするのがこれである.
 逆にある薬物の存在が別の薬物の作用を増強することもある.グアネシジンの長期投与でノルアドレナリンへの感受性が増加する.薬理学的な神経切除である.

作用組織・臓器を等しくするもの
 同一組織・臓器に作用する薬物を組み合せると,減弱増強する.例は多い.特にオピオイドを中心に,他の各種薬物との相互作用を検討する.オピオイドの作用増強を計り,副作用を減弱する目的で各種の薬物の併用が検討されてきている.
 オピオイドとフェノサイアジン:フェノサイアジンは,鎮痛作用を増強するものや拮抗するものなどいろいろである.
 オピオイドと鎮静薬との併用:ハイドロキシジンは鎮痛を増強するが,呼吸抑制も増強する.ディアゼパムでも鎮痛が増強する.副作用は拮抗するものが多く,相対的に安全度が向上する.
 オピオイドと非ステロイド系抗炎症性鎮痛薬:術後患者にインドメサシン坐薬を処方するとモルフィンの使用量が減少する.
 オピオイドと刺激薬:ドキサプラムはモルフィンやメペリジンで抑制された呼吸を増強し,しかも鎮痛作用を弱めない.
 オピオイドのくも膜下投与と硬膜外投与:オピオイドのくも膜下投与と硬膜外投与で良好な鎮痛作用が得られる.ただし呼吸抑制の報告も数おおい.全身投与を併用するとトラブルが多い.オピオイドの硬膜外投与後の血漿濃度は低値であるが,CSFからの直接作用と組み合せて呼吸抑制が生ずるらしい.全身投与を併用すれば血漿レベルは高くなるから強い呼吸抑制を招く.
 オピオイドとケタミンとの相互作用:ケタミンは麻酔薬でもあるが鎮痛作用も強い.
 覚醒時の不快な夢や幻覚を防ぐ方法は,
1) オピオイドとアトロピンを前投薬に用いる
2) 手術終了近くにドロペリドールを静注する
3) 少量のディアゼパム(またはその他のベンゾディアゼピン)を併用する
などがある.
 ケタミンに他の鎮静薬を併用すると悪夢の発生が抑えられるが,ケタミンの代謝も遅延する.

表1 薬物相互作用のメカニズムのいろいろ 1.製剤法からくる不適合性
2.ファーマコキネティックス的薬物間相互作用
   循環動態を介するもの:配付と吸収など
   薬物の分布 − 血漿蛋白との結合を含む
   薬物のリセプターへの移動
   代謝
   排泄
3.ファーマコダイナミックス的薬物間の相互作用
   リセプターでの薬物間の相互作用
   作用組織・臓器を等しくするもの
   その他



 
表2 製剤法からくる不適合 主薬物 対象の薬物 効果
サイオペンタール
(pH 11) サクシニルコリン
(pH 3-4.5) サイオペンタールのアルカリ性でサクシニルコリンが分解
またはバルビチュレートが遊離して沈殿
いずれが起こるかは最終混合物のpHによる
サイオペンタール ケタミン 化学的に不適合
サイオペンタール メペリジン 化学的に不適合
サイオペンタール アクチット液 遊離酸か炭酸マグネシウムの沈殿
20%マニトール KCl, NaCl マニトールの塩析
インシュリン プラスチックの点滴セット 30ー40%が吸着してしまう


 

表3  酵素誘導による相互作用と抑制による相互作用 主薬物 対象の薬物 効果
酵素誘導
バルビチュレート ハロゲン麻酔薬 肝臓壊死の危険増強
特に毒性の高い代謝産物による
メトキシフルレン メトキシフルレン麻酔の腎障害
経口抗凝固薬 効果減少
コーチゾン
シメチジン モルフィン クリアランス低下,効果延長
ベンゾジアゼピン
βブロッカー
細胞毒性薬物 サクシニルコリン 抗コリンエステラーゼの抑制、サクシニルコリンの作用延長
モノアミン酸化酵素阻害薬 間接的に交感神経を刺激 高血圧
メペリジン メペリジンの作用増強,作用延長


蛇足:ファーマコキネティクスとファーマコダイナミックスは下のような定義が分りやすい.
 ファーマコキネティクス :薬物が体内で“どうなるか”“何がおこるか”
 ファーマコダイナミックス:薬物が体内で“どうするか”“何を起こすか”



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諏訪邦夫

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