麻酔学試験問題 1987年度
--------------------------------------------------------------------------------
1987年度,東京大学医学部医学科の卒業試験麻酔学問題の再録です.私が作成したものです.
右→左シャントの患者がいる.動脈血酸素飽和度(Sao2)90%,混合静脈血酸素飽和度(Svo2)65%であった.肺終末毛細管血酸素飽和度(Sco2:ガス交換を終わった血液の飽和度)を98%として シャント率を計算する一般式を導け. この患者でのシャント率を求めよ. ただし血液中に物理的に溶けている酸素の量は無視できる位に小さいとしてよい. (10点)
「痛み」の病態に「悪循環」が関係することがあるとは識者間の一致した意見である.“悪循環”のために痛みが持続するメカニズムを,自由に推測して記せ. (10点)
L1/2から刺入した硬膜外麻酔でメピバカインを100mg投与してTh8のレベルまで無痛が得られたが,血圧が70/30に下がった. 原因として下のうちで可能性のもっとも大きいのはどれか. 局所麻酔薬中毒 小動脈の拡張 呼吸中枢の麻痺 静脈の拡張 血管運動中枢の麻痺 測定したところ心拍出量が下がっていた.そのメカニズムを1行で記せ. 治療法を2つ以上述べよ. 予防法を2つ以上述べよ. このメカニズムを逆に利用して硬膜外ブロックや脊椎麻酔を治療に使える臨床状況,病態を理由をつけて1つ以上述べよ.(以上10点)
患者の血液ガス測定値がpH7.4,Pco2=40mmHg,BE=0mEq/Lであった. この患者のHCO3-はいくらか.単位はmEq/L
24 26 28 30 32
この患者が痙攣を起こして乳酸を生成したところで血液ガスを測定したところ, Pco2=40に維持されていたが,pHは7.1であった.HCO3-はいくらか.
5 7 10 12 15
この患者のBEはどの位か.
0≦BE −5≦BE<0 −12≦BE<−5 −50≦BE<−12 BE<−50
この患者の状態を酸塩基平衡の面からは何と呼ぶか 正常 呼吸性アシド−シス 呼吸性アルカローシス 代謝性アシド−シス 代謝性アルカローシス bからeまでの複合型
この患者のpHを7.4の方向に戻すとすれば何を投与するか.
HCO3- NaCl 塩酸 KCl 輸血 (以上10点)
濃度が5MACに等しいエンフルレンを1分間吸入したとする. 肺胞換気量と心拍出量とはいずれも5L/分 機能的残気量 は 2.5Lとして,
エンフルレンの吸入濃度は下のどれに近いか. 1% 2% 4% 8% 16%
下の文章で真実に近いのはどれか. エンフルレンの5MACの気体は常温ではつくれない. エンフルレンの5MACの気体は普通の気化器ではつくれない. 意識は全く清明であろう. 呼吸が止まっているだろう. 心臓が止まっているだろう.
エンフルレンが血液に溶けないとしたら(血液/ガス分配係数がほぼゼロとしたら)1分間吸入後の肺胞エンフルレン濃度は下のどれに近いか. 0MAC 1MAC 2MAC 4MAC 5MAC
実際にはエンフルレンは血液に溶ける.血液/ガス分配係数は下のどれが近いか. 0.5 1.5 5 12 37
血液に溶ける点を考慮して1分間吸入後の肺胞エンフルレン濃度はどれに近いか. 0MAC 0.2MAC 0.5MAC 1MAC 4MAC
(以上10点)
硬膜外麻酔に関して(15点) 60歳50kgの患者の胃癌の手術に,硬膜外麻酔と全身麻酔を併用した.硬膜外穿刺は腰椎3,4間から刺入し,カテーテルを3cm進めた.麻酔時間は4時間で,使用した薬物は全量でメピバカイン20mg,笑気/酸素4:2(4L/分:2L/分)+エンフルレン1%程度,パンクロニウム12mgであった.使用したモニタ−は,EKG,血圧測定,食道内聴診器,直腸温度,尿量,パルスオキシメーターであった.手術終了時にアトロピンとネオスティグミンを投与した.この麻酔に関する議論で,正しいものに○,誤ったものに×をつけよ. この手術は全身麻酔単独で可能で,硬膜外麻酔を組み合わせるべきでない. この手術は硬膜外麻酔で行なうべきで,全身麻酔を組み合わせるべきでない. この硬膜外麻酔は胃癌の手術としてはカテーテルの位置が低すぎる. このメピバカインの量は多すぎて,中毒を起こす危険性がある. このメピバカインの量は少なすぎて,作用を発揮していない可能性がある. 笑気/酸素4:2は笑気の量が少なすぎて,麻酔薬として作用していないだろう. 笑気/酸素4:2は笑気の量が多すぎて,ハイポキシアになっていただろう. EKGは不整脈を見つけるのに有用である. 食道内聴診器は食道の運動を判定するものである. 直腸温度の測定は体温の測定を意味する. パルスオキシメーターは指の血流をみる装置である. アトロピンは気道を乾燥させるために投与した. アトロピンを与えると頻脈が起こる. ネオスティグミンの作用はアセチルコリンの作用に拮抗する. ネオスティグミンの作用はパンクロニウムに拮抗する.
α,β,その他(15点) カテコールアミンと類似の交感神経作働性アミン,およびその拮抗薬について,その作用を“α”,“β”,“その他”の三種に分け,刺激薬か拮抗薬か,さらに使用対照となる疾患または病態の例を一つ述べよ. 例:アドレナリン(α刺激,β刺激,心停止の蘇生) イソプロテレノール エフェドリン ドーパミン ドブタミン ネオシネフリン ノルアドレナリン プロプラノロル レジチン (アイウエオ順)
心拍出量の計算(20点) A氏が次の様に述べて,測定と計算を試みた. 「心拍出量は,酸素摂取量と動静脈酸素含量較差との比としてFickの原理で計算できる.したがって呼気分析から酸素摂取量を出し,採血によって酸素含量較差を求めれば計算できる」,と主張した. この主張に基づいて,腕の動静脈から採血比較したところ,酸素含量較差は2ml/dlであった.呼気分析から得た酸素摂取量は300ml/分であった.A氏の主張が正しいとして,心拍出量を計算せよ. この測定と計算とをB氏は誤りであると批判した.B氏に代って,誤りの点を指摘して修正せよ. 正しい方法を採用したら得られそうな数値の例として,安静時の健康成人の動静脈較差と心拍出量の正常値を述べよ. 心拍出量を求める方法として他にどんな方法があるか.動物実験に使う方法も含めて知っているものを簡単に述べよ.(用語を知っていればそれだけでよい.知らなければ原理等を簡単に説明してもよい.)
--------------------------------------------------------------------------------
解答
( Sc'o 2 - Sao 2 ) / ( Sc'o 2 - Svo2)
0.24(または24%) 1.式を(Sc'o 2-Sao 2)/(Sao 2-Svo 2)とした人がかなりいます.少し減点しました.
これは自由問題ですのでほとんどの人が満点です.
痛み → 局所の交感神経興奮 → 血流減少 → 発痛物質 痛み → 心因反応 → 注意の集中 → 治癒機転の阻害 といった答えが多かったようです.
正解はdの「静脈の拡張」です.「動脈の拡張」では心拍出量の低下は起こらず,あまり憂慮しなくてよいことになるので減点です. もちろん静脈還流減少です.1.をbと答えた人もここは正解していることが多かったのはなぜでしょう. 血管収縮薬,体位,輸液,酸素など 血管収縮薬,体位,輸液,投与量を少なく時間をかけるなど. 3),4)とも“アドレナリン”という答えが数多くありました.正解としましたが実際には使用しません. 静脈の拡張ですから,輸血過量やそれによる肺水腫に応用します.心不全での後負荷をとるという解答もありました.レイノーという答えが多くありましたが,ちょっと違います.正解とはしました.褐色細胞腫という答えがありましたが,これは疑問です.正解とはしました.
cのBEが難問だったようです.これはBE=−12ではありません.[HCO3-]が正常より−12のほかに当然他の塩基(ヘモグロビンを始めとする蛋白)も水素イオンと結合して塩基でなくなってしまっているので,BE<−12です.−12とした方は少し減点です.本当の数値は−20位です. pHにしても Henderson-Hasselbalch の式にしても対数の底は10です.自然対数ではありません.ここで惜しくも間違えていた人がいました.
これが難問だったようです. .エンフルレンのMACは1.6程度ですから8%が正解です. bの「普通の気化器では作れない」が正解です.他の答えも論理を記載して下さった方は点数を差し上げた方もいます. 機能的残気量2.5Lに5L/分の肺胞換気量ですから,時定数は30秒で,1分は2×時定数です.これは0.86くらいになります.この他に肺の炭酸ガスで希釈されるので4MACが正解です.一回毎の呼吸で級数で解いて正解を得ている方もいます.もっと簡単に一度に混ざったとして3.33という答えから正解を得ている方が多数いました.
エンフルレンの血液/ガス分配係数は1.5ですから,3/5は血液に逃げます.したがって2MAC未満になります.
--------------------------------------------------------------------------------
諏訪邦夫
| |