院内感染
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病院は感染の起りやすい場所である.ヒトの流れが多く,細菌やウイルスの密度が高く,抵抗の弱った患者も多い.
だから,院内感染が起りやすいのはある意味で当然だが,その面の認識が医療担当者に十分でない.麻酔医も,個人の問題としての把握と職場・職業としての把握の双方が必要である.
自らの感染,他人への感染の伝播も含めて,すべての感染性病原体を対象とすべきはもちろんであるが,特に「職業病」として考慮すべきは,次の三つである.
肝炎 MRSA エイズ 現時点(1994年)では,重大性もこの順序であるが,やがてかわるかもしれない.肝炎のワクチンはすでに一部実用になっており,ある程度の解決の糸口が見えているから,重大性は現時点がピークである.一方,エイズは公衆衛生的な予防法は確立してきているが,ワクチンは存在せず見通しも立っていない.しかも頻度が急速に増加しており,医療に大幅に組み込まれるのは確実である.
アメリカでは,現時点における重要性がエイズ,肝炎,MRSAの順序のようである.細菌感染の順位が低い理由ははっきりしない.日本とは湿度と人口密度が異なるのが大きな理由かもしれない.
滅菌方法に対する抵抗性や感染力にも,三者の間にやや差がある.
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[個人のレベルで可能なこと]
整理整頓清潔: 口で言うのは簡単でも,実行はなかなかむずかしい.
手洗い: 単純な水洗いの効用が非常に大きいことが判明している. せっけんの使用はさらに有効.消毒薬は有用だが,反復できる回数が限られる.しかし,ただの水洗いなら反復できる.
手袋着用: 患者に接する場面では,手袋着用が原則で,“はずすのは特殊な場面だけ”という風に考える. 仕事はやりにくいのはたしかである.しかし,こういう事実を知っておいた方がいい.外科医も以前は同じ理由で手袋を避けていた.しかし,現在では手袋なしの外科医はいない.それが,患者への感染だけでなくて,患者からの感染も防いでいることはデータで示されている.麻酔医も見習うべきだろう.
機器の滅菌: 湿式滅菌とエチレンオキサイド滅菌
ティスポ製品の利用 ティスポ製品の利用は,衛生の面から望ましいことは確実だが,経済とエコロジーへの考慮と相反する面が強い. 肝炎のワクチンは有効性だけでなくて,安全性が確立したといってよいようである.ただし,B型まででC型はまだ.
蛇足: 1994年の時点で,日本の麻酔医は“肝炎に対する絶対的な防御は不可能.感染したら甘受する以外にない”と考えているであろう.アメリカでは,1992年の時点でエイズに対する感覚がすでにこれと同じレベルになっているようである.
参考: 富家恵海子 院内感染 河出書房新社,1990 著者の夫がMRSA感染で亡くなった症例報告を中心に,この問題を強く警告したものである.東大病院が舞台で,勤務者としてははずかしいが,それ以上に重要なドキュメンタリーである.
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諏訪邦夫
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