エンドセリン
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この項目は,第11回日本臨床麻酔学会総会(1991年秋)の講演のオンラインメモである.その後,この講演のスポンサーとなったチバコーニングから正規の記録が出版されている.
新しい内因性物質エンドセリンファミリーの産生機構と生理薬理作用
柳沢正史(京都大学講師)
1960年生まれとかの若い方で,筑波大学の大学院の学生としてエンドセリンを発見した由. 発見の経緯
血管収縮性の調節因子には三つある. 神経性因子:アドレナリンなど 体液性因子:アンジオテンシン,ANPも 局所性因子:プロスタグランディンなど, この中で,エンドセリンは血管壁由来の局所ホルモンである. 1980 内皮細胞由来の弛緩因子の発見edrf endothelium derived relaxing factor
物質としては,実に簡単なNO nitric oxide であることが1987年に決着 Nature だか Lancet に“これで edrf は決着がついたか? NO だ!”という洒落のタイトルの論文が載った由. その後,収縮因子,弛緩因子の所在を示唆する現象がいろいろ見つかってきた.エンドセリンの場合も,現象の記載はアメリカであった.柳沢氏が現象を記載したときはアメリカの発表がすでに論文になっていて,がっかりしたが,何故かアメリカの報告は物質を追求しなかった.物質として決めたのは筑波大学である. 現象は収縮と弛緩の速度が遅いのが特徴である. 化学構造
21個のアミノ酸が結合したpeptideである. システインが4つあって二箇所でssで結合して,リング状になっている.リングが二つあるというべきか. 作用
エンドセリン投与による反応はゆっくりなのが特徴である 潅流実験で フルに効くのに10分かかる.そのかわり, 1回投与で3時間続く 洗っても作用が消えない(少し弱まるだけ). ポテンシーも収縮物質としてずばぬけて強い.つまり微量で作用が出る(量を烽黷獅j.
内皮細胞に働いて,edrf を出す.これは血中にいれたエンドセリンの作用(この意味を後で質問したら,非常にいい答をくれた.下記) ニューロペプタイドとして働くことも判明.つまり所在は血管内皮細胞だけではなくて,ニューロンにも,グリアにも存在する. 遺伝子が3種類みつかった.エンドセリンそのものの種類よりも遺伝子の種類が先にみつかった.それから,物質としてオリジナルのエンドセリン以外に,似ているが異なるものが見つかった. アミノ酸構造の違いによって, エンドセリン1:最初にみつかったもの エンドセリン2 エンドセリン3 いまのところ,この3つが見つかっている. この3つには動物種差が全くない.これが面白い. この他に,もう一つ非常によくにている物質が見つかった.これはイスラエルに生息する毒蛇の蛇毒で,作用も似ている(エンドセリンどちらが先に見つかったのかは演者は述べたのかもしれないが,ノートにはない). 内皮細胞以外の所在
ニューロン グリア 血管平滑筋:これが大変に面白い.しかも,ここに働くとedrf を出させる. その他;スライドにはいろいろでたようだが,写しきれなかった. エンドセリンの生合成
アミノ酸200のprecursor ができる.これを“ビッグエンドセリン1”と呼んでいる.これはin vitro での活性は非常に弱い.しかし,in vivo では活性は強い.要するに本物のエンドセリンができるからである. ビッグエンドセリンから本来のエンドセリンのできるステップ 生成酵素 21番と22番との間をはずす酵素 ECE endothelin converting enzyme この関係は,ACE とよくにている.ただし,前駆物質のサイズが全く違う. ece 亜鉛をもっている金属プロテアーゼである.(この物質はわかっていたのかしら.) 諏訪のつぶやき:どうも,エンザイムには亜鉛を持つものがよくある(SOD − superoxide dismutase にも亜鉛を持つものがあるし,炭酸脱水酵素 carbonic anhydrase も分子内に亜鉛を有している).これは,どういう意味があるのだろうか? 亜鉛という物質は,そのほかにあまり意義が高そうではないのに. エンドセリン産生の制御
促進 サイトカイン バゾプレッシンとアンギオテンシン こういう物質の作用は,それ自体の速い作用の他に,エンドセリンを誘導するゆっくりした作用がある(数時間かかる)という,反応がある. これは長時間のコントロールしていることを示唆する実験がある. (これは面白い.長時間のコントロールに対して,アンジオテンシンとかアドレナリンのように作用の短いものを使用するのは不合理で,エンドセリンのようなのろい物質に作用を渡すのが合理的である. 物理的な刺激 抑制 edrf
◎エンドセリンはedrf 分泌を刺激し,edrf はエンドセリン分泌を抑制する. edrf がエンドセリンを抑制するのは,“血管拡張物質が血管収縮物質の分泌を抑制する”のだから理にかなっているが,エンドセリンはedrf を刺激するのは“血管収縮物質が血管拡張物質の分泌を促進する”のだから,自分の作用を抑える方向に働いているわけで,このままではおかしい. この点を講演の後で柳沢氏に質問したところ,
“エンドセリンは局所のホルモンで,他の部位には効いてほしくない.そこで,血中にでてしまうと,さっさと血流で洗い流して肺で代謝させて,血中濃度を下げてしまい,全身作用などの広い範囲の作用を防止するというメカニズムではないか”という回答であった.まことに理にかなっている.見事な説明で気に入った. エンドセリンの代謝
循環血からの消失は速い.2分 ところが潅流実験での活性は3時間.つまり,血管の外で作用している証拠.しかも結合が強いのだ. 肺がよく捕まえる. 肺胞では,21のままつかまえて,細胞内で代謝.その前に壊れることはないらしい. つまり,エンドセリンは循環ホルモンでなくて局所ホルモンであるということをもう一度強調する事実である. エンドセリンの受容体
受容体にも3種類あるか? 収縮活性はエンドセリン1はエンドセリン3より,30倍 少なくとも受容体は一つではないことまで判明. 膜を7回通過する形の標準的な受容体であると判明:G蛋白?
情報伝達機構は二つわかっている. 平滑筋にあるもの:血管の平滑筋 内皮にあるもの:血管の内皮 血管では受容体がしっかり分離している.ただし,他の組織では,平滑筋の所在と内皮細胞の所在が血管と同じではない. 今のところ受容体はこの2種類しか見つかっていない.三つ目を発見という報告が一度でたが,その後否定された. 病態生理
実験:ショックでgfr(糸球体ろ過率)が低下するモデルで,エンドセリン抗体を与えておくと,血流低下,gfr低下が防止できる. そこで,ある種のショックに使用できる可能性が示唆されているが,条件などはまだ不明. 人の高血圧でエンドセリン増加の場合も観察されている. しかし,病態生理の意義は不明である. 悪性血管内皮細胞腫:高血圧がきてエンドセリンが高いという病気である. この患者の腫瘍摘出でエンドセリンが低下して,血圧も下がった. この病気は従来“皮膚科疾患”として扱われてきており,循環器疾患として扱われてこなかったので,循環系の問題がほとんど判明していない.頻度は高い病気ではないが,それにしてもこれから検索すべき問題である. 治療への役割 やり方は二つあるだろう.
ECE を抑制する 受容体を抑制する こうした抑制物質がすでにいくつか発見されている. こうした抑制物質は,臨床に使えるだけでなくて,エンドセリンの作用の解析にも有用であろう. 質問に対する回答:自律神経系との関係
エンドセリン産生に関して 交感神経はエンドセリンの産生を刺激 エンドセリン作用に関して エンドセリンがあると,微量のアドレナリンがものすごく作用する.
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いかがですか? この講演は,内容が良かったのはもちろんですが,メモからもわかるように,構造も明確で,聴いていたわれわれも1時間足らずでエンドセリンの権威になりました! いい講義を聴いたときに“おいしいお料理をたっぷり食べたように,いい気持ちになる”ものですが,その気分を味わいました. この後,禄でもない講演を聴いて,いい気持ちをすかされたくないと思いました.旨い料理のあとに,まずいものは食べたくない気持ちですね.言い訳めいていますが,このひの午後は,いい加減にして引き上げました.
東京大学医学部麻酔学教室/諏訪邦夫 1991年11月2日
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諏訪邦夫
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