“患者をよくみろ”− 監視・測定・モニターなしの麻酔は可能か
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装置をつかう医師はインチキ医師か 「モニター」という機器のことを言うと,えらい先生やその尻馬に乗ったジャーナリズムは“器械に頼らずに患者をよくみるように”という.しかし騙されてはいけない.患者の言い分をよくきいて呉れる“いい医者”でも,ただ口が巧いだけで実は何の学識もないこともある. たしかに昔の医師は患者をよく観察し,患者の言い分をよくきいた.麻酔医にしても一時代まえの人は今の人達より患者をよく観察していた要素は否定できない.瞳孔の大きさや呼吸の様子にも注意を払っていた.しかし昔は患者が若く健康で,手術時間も2時間か3時間だったから何とか無事済んだのである.それでもなお,昔はよく術中に突然心臓が止ったし,理由は何も分らなかった.
装置をつかう医療は教えやすく身につけやすい “患者をよくみろ”という医学には,もっと重大な問題がある.それは経験を重んじ論理や知識に基づかないために,「教える」のが困難な点である.医学だけでなく,経験第一的なやり方は人がやるのをみて学び,自分も失敗して身につくものである.その過程でたくさんの患者を犠牲にする.昔の医者は,“患者を10人殺してようやく一人前”などといった.領域によっては,“100人殺して一人前”だったかも知れない.しかし,こんなことは現代社会では到底許されない.患者を犠牲にせずに学生や若い医師に短い時間で医療を教えるには,医学を経験でなく学問としてがっちりと論理的に構成しなければならない.現代の医療が測定に頼るのはそうした意味である.生命に一番大切なパラメーターを,的確にとらえていくのが一番理解しやすい,患者のためになる医療なのである.麻酔も集中治療も,この点では大きな成功を治めているといえる. 現代の麻酔や医療は“計器飛行”である.計器に頼らず“目で見て飛ぶ”のが「有視界飛行」である.有視界飛行も状況によっては可能だし個人のレベルなら楽しい.しかし,業務としては計器を使用しなくては安全確実ではありない.
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諏訪邦夫
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