サクシニルコリンを使った犯罪
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サクシニルコリンは,コリンとサクシニル酸(コハク酸)とが結合したもので,化学的にはサクシニル“ディ”コリンである.“ディ”とは「二つ」で,コリン分子が二つあることを表する.つまりサクシニルコリンはコハク酸1分子とコリン2分子からできている.最終分解産物のコハク酸もコリンも本来身体の中にある物質なので,サクシニルコリンからできたものかどうかは判別できない.分解酵素の作用は被害者が死んでからも継続する.そこで“サクシニルコリンで殺人を犯したらわからないはずだ”と考えて,犯罪を試みた医師がいる.
[事件] 1960年代のこと,アメリカのフロリダ州で,麻酔医が新しい愛人ができて,自分の夫人にサクシニルコリンを注射して,証拠の残らない殺人を謀った.
[経過] しかし期待に反して,サクシニルコリン注射の証拠が残り,告発されて罪に服することになった.
[理由] サクシニルコリンはコハク酸と二つのコリンにまで分解する前に,コリンが一つだけとれた「サクシニルモノコリン」は天然には存在しない物質で,これがあればサクシニルコリンからこわれたものと結論できる.状況からサクシニルコリン使用が疑われたので,探して見ると脳の組織から微量のサクシニルモノコリンが検出された.血液中ではサクシニルモノコリンもさらにコハク酸とコリンにこわれるが,脳組織ではこの変化が遅いことは,専門家にはわかっていたことである. 生半可な知識を犯罪に利用して失敗した例. この話は,1994年に日本で,自称「犬の訓練士」なる男が,愛犬家をサクシニルコリンで毒殺して有名になった.
なお,山下正夫先生が下記の文章を書いている. 山下正夫.麻酔科医による塩化スキサメトニウム殺人.臨床麻酔 18(5):689. 1994. Maltby JR. Criminal poisoning with anaesthetic drugs: Murder, manslaughter, or not guilty. Forensic Science 6:91-108. 1975.
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諏訪邦夫
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