電子版麻酔学教科書

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  筋緊張性ジストロフィ(筋強直性ジストロフィ) #10
投稿者  諏訪邦夫
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投稿日時  2001年02月10日 15時50分
筋緊張性ジストロフィ(筋強直性ジストロフィ)

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筋緊張性ジストロフィ(筋強直性ジストロフィ)myotonic dystrophy は,稀な病気ですが,麻酔医の間では非常におそれられているものの一つです.

myotonic dystrophy(myotonia atrophica:Steinert's disease )
 Katz: Anesthesia for Uncommon Diseases による:1/31/90 3版を使用して改訂


発症:
20歳から50歳,ゆっくり進行する.死亡は60歳以降.

主訴:
myotonia のコンポーネントでなく,顔面・胸鎖乳突筋などの萎縮が主訴.

病態生理:
contraction は実は 生理学的には contracture, つまり電気的には収縮は止っている.収縮したものが弛緩しない状態.
また,反対の筋肉が弛緩しようとすると,ますます contracture 状態になる.
脊椎麻酔・神経ブロックは無効.クラーレも無効.
局所麻酔薬を筋肉内に浸潤すれば弛緩が起こる.
キニーネ,キニジンなどの静注が効果がある.
脱分極性の筋弛緩薬(サクシニルコリン)は contracture を発生する.
神経終板での神経の分岐がとくに多い.これは鳥や蛙に似ており,こういう動物はサクシニルコリンに対して contracture を起こす.

系統疾患としての意義
白内障が高率に出る.
前頭部の禿頭,精巣の萎縮(ホルモンは無関係)

心循環系:
心臓に異常はみられるが,骨格筋ほど強くはない.
心電図異常,不整脈,PRの延長,Pの減少,ST低下または上昇,Tの減少

ブロック:
たとえばアダムス=ストークスが知られている.治療にキニジンを使用するのでこの点は重大.
鬱血性心不全が少なくない.死亡例の1/4は鬱血性心不全による.左房圧上昇,心拍出量低下が普通.

呼吸:
肺機能検査異常:VC低下、ERV 低下、MIP&MEPの低下(正常の25%程度)。肺は正常.
呼吸不全:意識障害を伴うことが多いが,原因は患者により異なる.横隔膜の動きの異常も報告されている.
口腔咽頭部の異常:誤飲性肺炎の率が高い.何故か男性に発生率が高い.
一般に肺炎・気管支拡張症などが多いとされているが,おそらく誤飲による.



[麻酔と術後の問題]
心臓と循環系に関しては上記
術後の誤飲性肺炎の頻度が高い
内分泌は問題ないことが多いが,血圧低下が起こればステロイド
麻酔からの覚醒が悪い.呼吸がよわい.呼吸抑制薬が強く作用する.基本的には呼吸の予備力が乏しいことによるらしい.
術後人工呼吸を要することが少なくない.
有名な Kaufman のシリーズ(下記).呼吸抑制の発生した5例の麻酔例中で4例死亡.
筋弛緩は得にくい.神経ブロックも筋弛緩薬も無効.
サクシニルコリンは全身の筋肉の contracture を起こす.
ネオスティグミンの使用は,contracture を起こすので禁忌とされるが,使用しても大丈夫だったという報告もある.
四肢の手術なら Bier block が適応

参考文献:
Kaufman L. Anesthesia in dystrophia myotonica: A review of the hazards of anestehsia. Proc Roy soc Med 53:183-187. 1959.
 これはすごい論文.25例の筋緊張性ジストロフィの麻酔に対して,
 1例はmyotonia発生(あとの検査でMEPは10),
 4例は術直後に死亡,
 5例が呼吸障害,
残る15例は無事に経過.
5例の呼吸障害の内訳:術後呼吸がでない,ないし低換気.myotonia は起こるが,呼吸筋は硬くはならない.低換気は呼吸筋のコンポーネントが大きいのだろうが,呼吸中枢・呼吸制御系の障害も完全に否定はできない.

4例の術直後死亡の内訳:
gastrectomy で麻酔から覚めたのにすぐ死亡.
胆摘後5時間で死亡
腎障害患者が病室に戻ってまもなく痰の喀出ができずに死亡.
帝王切開後8時間で死亡.気道分泌が多くて抑制不能.
 検査した患者は(どの患者を検査したのか,はっきりしない),VC,FEV1.0 は比較的正常であったが,MBC(MVV)低下.MIP,MEP がいずれも10から20しかない(正常値は100以上).


Hunter AR. Commenting on paper by Kaufman. Proc Roy soc Med 53:187-188. 1959.
 上の論文への追加として載っている.54歳の女性.子宮全摘後呼吸不全.術後4日は人工呼吸.その後,3週間は気管切開を留置(主として誤飲を防ぐため).術後5週間で気管切開チュ−ブ抜去.

12/7/88年:耳鼻科 某
階段昇降不能
頭部挙上不能(ヘッドストラップを置くために「頭を上げて」という要求に「できません」と)この記述が朝のカンファランスに出てきて,“こりゃなんじゃ”というわけで大慌てになりました!

文献:
Katz: Anesthesia for Uncommon Diseases 3版からの抜書きなど.
1/31/90 諏訪邦夫


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諏訪邦夫

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 筋緊張性ジストロフィ(筋強直性ジストロフィ) - 諏訪邦夫 [#10] 2001/02/10 15:50



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