入麻酔と静脈麻酔のメカニズムが異なる証拠
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麻酔の作用メカニズムはまだまだ充分には分っていないが,吸入麻酔薬と静脈麻酔薬とは全く異なるメカニズムであることが,単純な事実から推論できる.
吸入麻酔薬では,同一麻酔レベルで脳組織にある麻酔薬の分子の数は等しくなる.ところで薬は一般に,作用の部位がはっきりしているものは少量で有効であり,逆になんとなく全体に効くものは量がたくさん必要である.
吸入麻酔薬の場合は,ほかのいろいろな薬に比較してとても大量に必要である.この点からも吸入麻酔薬は脳の組織や脳細胞の特定の部位,特定の受容体に作用するのではなくて,脳全体にじんわりと水がしみこむように作用を発揮していることが想像できる.
静脈麻酔薬では全く異なる.サイオペンタルの分子の数を測定計算してみると麻酔がかかるのに必要な分子の数は吸入麻酔薬の十分の一以下である.ジアゼパムでは百分の一以下である.麻薬のフェンタニルに至ってはさらに一桁下である.全身投与でなく直接脳組織に働かせるような実験条件でしらべると,ずっと少ない量で麻酔のかかるものもある.つまり静脈麻酔薬は薬によって特異性が異なり,吸入麻酔薬ほどではなくても比較的脳の全体に効くサイオペンタルのようなものから,作用点の明確なフェンタニルのようなものまで幅広く,多種多様の物質の集りである.
表 麻酔薬および関連薬物の有効血中濃度と質量数 分子量 有効血中濃度 イソフルレン(吸入) 184 100000ng/ml サイオペンタル(静注) 264 20000ng/ml プロポフォル(静注) 178 5000ng/ml ディアゼパム(静注) 284 300ng/ml ケタミン(静注) 238 100ng/ml モルフィン(静注) 375 65ng/ml フェンタニル(静注) 528 1ng/ml
蛇足: われわれが毎日吸入している窒素にも麻酔作用があり,そのMACは30気圧である.つまり,われわれは日常1/35MAC程度に麻酔されているということになるのだろうか? 別項参照. 参考:窒素の麻酔作用と人類
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諏訪邦夫
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