電子版麻酔学教科書

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  何故吸入麻酔薬か? #7
投稿者  諏訪邦夫
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投稿日時  2001年02月09日 18時57分
何故吸入麻酔薬か?

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何故,麻酔で使用する薬物は“吸入麻酔薬”が中心なのであろうか.

麻酔は作用がすぐ「切れて」ほしい−−吸入麻酔薬を使用する理由
 薬といえば「飲み薬」,「注射薬」,「貼り薬」というのはあるが「吸い薬」という言葉はない.実際には「吸入薬」が他にもあるが,とにかく笑気,エーテル,ハロセン,エンフルレンというように“吸入”で作用を発揮させる薬物は,大変に珍しい.その吸入で作用を発揮させる薬を中心に使用する麻酔も,領域として珍しい.

 これは,痛みをとり意識を失わせるという「麻酔薬の特殊な作用」から出てくるものだが,同時に「手術に対する麻酔」という「仕事の性質」から要求されるものでもある.風邪薬にせよ胃腸薬にせよ,生じた作用はなかなか切れなくてかまわない.第一,作用がなくてもかまわないようなものである.これに対して,麻酔薬というのは確実な作用が必要である.薬を与えたら,確実に麻酔状態に入る薬物でなくてはならない.この意味で,麻酔薬くらい作用がはっきりと目に見える薬も珍しい.

 それだけではない.麻酔薬は手術が終わったら作用が確実に切れる必要がある.手術が終わって何時間も麻酔状態が続くことは,患者の身体のためにもよくないが,関係する医師や看護婦にも不便である.つまり,薬の作用が切れることが麻酔薬の場合はとても重要なのである.これは麻酔薬に要求される独特の作用である.この“作用が急速に切れる”ことと“吸入で使う”こととは重要な関係にある.

呼吸からの除去は急速である
 物質が肺を経由する場合は,身体の他の経路からの出入りと比較して量的に比較にならないくらい大量で,したがって急速な除去が可能なのである.一回換気量は一回に500ml,換気数は1分間に12回である.つまり分時換気量は6リットルであり,1日に換算すると5000リットルに達する.

 これに対して,尿の量は1日に1〜2リットル程度である.したがって,薬を処理する際に尿に混ぜて排泄するよりも,呼吸にのせて吐きだせたらはるかに急速に処理できる.ハロセンやエンフルレンの排泄がのろいと言っても,それは笑気と比較するからであって,飲み薬や注射薬に比較すればずっと速い.吸入麻酔薬はこの“作用がすぐ切れる”点が最大の特徴である.

吸入麻酔のファーマコキネティクス研究の理由


吸入麻酔薬は一般に作用が強烈であり,作用が「目にみえる」.
副作用も強く,安全域がせまい.
作用発揮の迅速性(麻酔がすぐかかること)
消褪の迅速性 (すぐ覚めること)
が厳しく要求される.
投与法が特殊で,「量」で投与するのでなく「濃度」で投与する.
呼吸の要素がおおきく関係する.
ファーマコキネティックスの知識が必要
個々の麻酔医にも
麻酔学全体としても
吸入麻酔薬はガスなので,血液や組織での測定は困難
代謝量は少なく,一次近似としては無視できる
組織への拡散は自由
体内分布は各コンパートメントの量と血流と溶解度で定まる
ファーマコキネティックス(摂取,分布,排泄)がモデル化しやすい
コンピュ−タ時代以前にも数学モデルや電気回路モデルなど
線形モデルで,実際の状況にかなり近い解析が可能
モデルから,臨床上有用な情報が得られた

参考文献
Eger EI. Anethetic Uptake & Action. WilliamS&Wilkins,Baltimore,1974.
花野 他 編:薬の体内動態−ファーマコキネティクスの実際 講談社サイエンティフィック,東京,1981. 特に第7章 麻酔薬
諏訪邦夫 吸入麻酔のファーマコキネティックス.克誠堂,東京,1986.
諏訪邦夫 麻酔の科学 講談社(勿抂舗・,東京.1989.Pp1〜215

蛇足:
この文章の前半部分は,一般向け著書「麻酔の科学」の文章に少し手を入れたものである.


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諏訪邦夫

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