電子版麻酔学教科書

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  吸入麻酔の導入速度を決める因子 #33
投稿者  諏訪邦夫
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投稿日時  2001年02月09日 21時06分
吸入麻酔の導入速度を決める因子

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 吸入麻酔の導入速度(induction speed)は沢山の要因で定まるが,

麻酔回路・器具の因子
身体の因子
薬剤の因子などに大別できる.
3)の薬剤の因子が一番重要だが,それは別項参照.

[導入をはやめる因子]
ガス濃度大:当然である.しかしあまり高濃度にするのは危険である.急激に深くなりすぎるからである.

 このため気化器には上限を設けている.
 ガスの物理的性質で高濃度の出せないものもある.

 この因子は重要で,
 たとえば,B/G分配係数のほぼ等しい笑気とサイクロプロペンを比較すると,


実用上はサイクロプロペンがはるかに速い.
理由は,サイクロプロペンは50%つまり5MAC以上の濃度で投与できるから
である.
 同じことが,B/G分配係数のほぼ等しいペントレンとエーテルの比較でも言える.

実用上は,ペントレンがはるかに速い.
理由は,ペントレンと2〜4%つまり8〜16MAC以上の濃度で投与できるから
である.
 一方,エーテルは気道刺激性が強いので,当初の吸入濃度は1MACをあまり上回れない.
 セヴォフルレンの気化器は,日本では5%までしか出せない.
 これは臆病過ぎる.5%では3MAC未満である.
 もう少し高く,欧米並に8%位まで出せれば,ずっと強くなるだろう.
 いくら,B/G分配係数が小さくても,力価が低くては麻酔はかからない.

ガス流量大:呼気を一部再吸入するより非再呼吸式の方が速いからである.

換気量大,肺気量小:肺の残余ガスで希釈されない,肺の換気血流比の分布が均等,

心拍出量小で脳血流は大:選択的に脳に多くいく.静脈麻酔薬で導入する現代の方法では,こうした因子の影響は観察しにくい.

[吸入麻酔薬の導入速度を決める因子]
 ドウニュウソク inhalationinduc
 他の因子が同一の場合は,導入速度は吸入麻酔薬の身体の組織への溶解度(血液/ガス分配係数)で定まる.溶解度の高い薬剤は「導入が遅く」,溶解度の低い薬剤は「導入が速い」.
 体組織の量を等価量のガス体に置換えて考えると,溶解度の高い薬剤は体組織量が多く,溶解度の低い薬剤は体組織量が少ないことにあたる.従って同じガスの流れ(換気量)でこれを満たしていく場合,体組織量の多い(溶解度の高い)薬剤が遅い.
 例えば2×MACの濃度で吸入した場合に,脳のレベルが1×MACに達するのに要する時間(即ち半減期)は,笑気なら10分,ハロセンなら1時間である.
 この関係は直観と逆にも思える.よく考えて理解しておくこと.

[導入速度は拡散係数に無関係]
 「笑気が導入が速くハロセンの導入が遅いのは,笑気の拡散の方がハロセンの拡散よりも良いからである」といったら,これは誤りである.肺胞膜における気体分子の拡散は大変に良いから,ガス相から血液相への移動の制約因子とならない.
 拡散が制約となるガスは血中濃度/肺胞膜濃度の比が大というのが条件である.
 現実にこの条件に当てはまるのは,

酸素(60),
一酸化炭素(2000),
炭酸ガス(20)
 の三者しかない.以上の三つのガスはとけにくい肺胞膜を通って沢山の分子が血液に移動しなくてはならない.吸入麻酔薬はこの比が1未満である.
 血中濃度が相対的に低いということは,肺胞膜での動きが制約にならないということである.肺胞から血液に数少ない分子が動けばすむからである.
 馴染みのガスで肺の拡散機能に制約されるのは上の3つのガスのみ.

文献:諏訪邦夫:吸入麻酔のファーマコキネティックス. 克誠堂.東京.1986. Pp.1-168



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諏訪邦夫

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