電子版麻酔学教科書

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  吸入麻酔序論:MAC・摂取と分布・モデル #24
投稿者  諏訪邦夫
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投稿日時  2001年02月09日 20時55分
吸入麻酔序論:MAC・摂取と分布・モデル

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お話し
 すべての気体は吸入麻酔薬か
 “すべての気体は吸入麻酔薬である”といったら,おそらく驚く人が多いだろうが,実は一面の真実である.“麻酔”の定義によるが,基本的には実に多くの種類の気体が麻酔作用をもっている.その中で,他の副作用や合併症の少ないもの,使いやすい条件のものが吸入麻酔薬として使えると考えてもあやまりではない.

吸入麻酔:深さと力価
 吸入麻酔の深さ,吸入麻酔薬の力価をどう表現するだろうか.この点は別の項目に詳しく述べた.− 麻酔深度とMAC(マック)

MAC−ED50 (麻酔深度とMAC参照).

プラクティカルMAC−ED90 または ED95
 実際には,MACレベルでは「臨床の麻酔」としてはまったく使用できない.

 1)
手術を開始したら半数は動き出したのでは,麻酔が浅すぎる.
 2)
他の反応,たとえば血圧上昇や心拍数の増加が起こる.
 3)
学理的にも,麻酔が浅すぎて患者が損傷を受けることが判明.
 4)
MACのSDはその絶対値の10%である.したがって
MAC×1.15位がED90* になる.MAC×1.3がED95
  血液ガス
分配係数 脳血液
分配係数 MAC N2O 67%
でのMAC
ED50* ED90*
N2O 0.47 1.06 105 120 −
イソフルレン 1.41 2.70 1.15 1.3 0.5
セボフルレン 0.60 1.50 1.70 2.0 0.9
エンフルレン 1.78 1.45 1.68 2.0 0.9
ハロセン 2.30 2.3 0.75 0.9 0.40
* ED50 は実測値.ED90 は概算値.


MACの有用性・優越性・整合性
 「ゲデルの表」を使用せずに,“MAC”を使用するのは,それだけの有用性・優越性・整合性がある故である.その優位性・整合性とは
 1)
指標として,“痛み刺激に対して体動で反応”というのは,手術に使用する麻酔薬の力価を定めるものの理念として,実際的である.
 2)
定常状態の達成,濃度の測定などの技術面も容易である.
 3)
実際に再現性が優れている.きっちりとよく決まる.
 4)
吸入麻酔薬同志の相加性の確認,
 吸入麻酔薬の脳における分子数の同一性などから,案外麻酔の本体に直結したパラメ−タ−らしい.この点は,研究が進んでから判明した点である.

MACに影響する因子

年齢
ハロセンでは MAC=-0.2×logG(年齢)+ 1
但し思春期はこの式よりも0.1〜0.2高い.

メカニズムは不明

お酒の摂取との関係は結論が出ていない.

MACと麻酔の作用機序
 同一のMACでの脳の吸入麻酔薬濃度を比較すると,薬物によらずほぼ1mM/Lとなる.この点は,現在ではよく知られた事実であるが,実はMACの研究から副次的に生じた意外な結論であった.そうして,これも一つの根拠となって吸入麻酔薬の作用はすべて同じと考えられている.下の項目参照
 吸入麻酔薬の作用はすべて同じ:MACでの脳のモル数

吸入麻酔薬の相加作用−MACは線形と仮定して
 二つの薬物を併用したの場合の作用は,相加・相乗・拮抗の三者に分類できる.それを下のように定義する.
Aの薬物に0.5MACとBの薬物0.5MACを加えた場合,

1MACレベルの麻酔なら → 相加
1MACレベルを越える麻酔なら → 相乗
1MACレベル未満の麻酔なら → 拮抗

 吸入麻酔薬を組み合わせた場合,現時点では通常使用する薬物をどう組み合わせても相加作用であると証明されている.相乗や拮抗の組み合わせはない.
 この点も,MACがある程度線形であること,つまり1MACの濃度の半分は麻酔の力価としても半分と考えてよいこと,またAの0.5MACとBの0.5MACは等しい麻酔レベルと考えてよいことの間接的な証明である.いうまでもなく,MACは1MACでしか測定しないので,“0.5MACの深さ”というのは直接測定する方法はない.
 指標としてMAC以外のもの,たとえば循環や呼吸のパラメ−タ−を使用すれば,相乗や拮抗の例が多数挙げられる.


肺胞気でなぜMACが測れるか
 MACの測定は,肺胞気である.厳密にいえば測定したいのは脳である.脳の分圧が肺胞気から推定できるのであろうか.
 これは大丈夫である.脳血流の多いことと脳の容積の少ないこと,それに脳組織と血液で溶解度の差が少ないことで,脳の時定数は血液からみて数分である.それ以上には長くならない.
 したがって,麻酔をしっかり導入してあらかじめ脳と血液の分圧を近づけておけば,あとは脳と血液の分圧の差は著しく小さい.肺胞気分圧が安定していることを確認すれば,それは血液の濃度の安定の確認になり,脳の分圧も測定していることになる.この辺の評価はがっちりと完了している.


麻酔の導入のファーマコキネティックスー麻酔の導入に影響する因子とその度合

時定数のこと −導入は何故瞬時でないのか− 推理小説のうそ
 容量Vに流量 V /分なら 時定数は 1 分
  この間(1 時定数 間で) 最終結果の63 %
  3 時定数間で            95 %

モデル−回路と流量,換気と血流
等価ガス容量と等価ガス流量 − 体重60kgの成人で
  等価ガス容量(L) 等価ガス流量(L/分) 時定数 (分)
笑気 エンフルレン ハロセン 笑気 エンフルレン ハロセン 笑気 エンフルレン ハロセン
麻酔回路
6L 6 6 1
肺 
2L 2 4 (肺胞換気量) 0.5
動脈血
5L 2.5 10.5 11.5 2.5 10.5 11.5 1 1 1

(量2L,血流1L/分) 0.5 5.2 5 0.5 1.8 2.3 1 2.9 4.6
心その他VRG
(量5L,血流2.5L/分) 2.5 18 35 1.25 4.25 5.75 2 4.3 6
筋肉
(量30L,血流1L/分) 17 216 242 0.5 1.8 2.3 34 120 105
骨その他VPG
(量13L,血流0.05L/分) 15 13 13 .025 .09 .115 680 145 113
脂肪組織
(量10L,血流0.25L/分) 13 350 600 .125 .45 .58 15 770 1034



薬物の強さ・蒸気圧・吸いやすさ

力価−−教科書のうそ
 吸入麻酔の導入速度を血液/ガス分配係数だけで説明する通常のやり方は,臨床での導入速度にはあてはまらない.それは“力価”とか,“吸いやすさ”などの考慮が入っていないからである.
例:血液/ガス分配係数だけでいえば,笑気はサイクロプロペンと同等ないし少し速い薬物である.しかし,実際には笑気の導入は遅いし,いくら吸っても手術のできる麻酔にならない.それは笑気が麻酔薬として弱いからである.一方,サイクロプロペンは50%のものを2〜4回も深呼吸すれば麻酔がかかる.サイクロプロペンは笑気に比較して,ほぼ10倍の力価を有するからである.
 つまり,「臨床で」吸入麻酔薬の導入の遅速を議論するには,薬物の力価その他の各因子を考慮する必要がある.

笑気−ハロセンの導入をスマートに行なうには

酸素を予め投与する
回路をガスで満たす
高濃度笑気(80%)以上
深呼吸させてはだめ
ハロセン濃度を段階的に,しかも急速に上げる
2呼吸から3呼吸に0.2%位ずつ

もう一つの笑気ハロセン導入法については別項参照


麻酔の維持のファーマコキネティックス

ハロセン,エンフルレンでは何故吸入濃度>>MACを続けるか

脳の濃度をどのようにして一定に保つか

患者に合せて自分で「滴定」する
また,遠慮なく中間の目盛を用いること.
こまめにダイヤルを動かすこと.
 “濃度の測れる気化器”は基本的には不要だという主張もあるが,賛成しない.


麻酔覚醒のファーマコキネティックス
覚醒に関与する因子
麻酔時間と飽和の問題,導入よりも遅い理由
換気・血流・溶解度など
麻酔終了時は,覚醒するまで人工呼吸を続行することとその理由
覚醒させない麻酔もある

参考文献
Eger EI. Anethetic Uptake & Action. WilliamS&Wilkins,Baltimore,1974. 花野 他 編:薬の体内動態−−ファーマコキネティクスの実際
講談社サイエンティフィック,東京,1981. 特に第7章 麻酔薬
諏訪邦夫 :吸入麻酔のファーマコキネティックス.克誠堂,東京,1986.
諏訪邦夫 麻酔の科学 講談社(ブルーバックス),東京.1989.Pp1〜215



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諏訪邦夫

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