濃度効果と併存ガス効果
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いずれも笑気と他の吸入麻酔薬を併用して麻酔を導入する際に意味がある.
概念: CE(濃度効果:Concentration Effect )は,同一の吸入麻酔薬において,PA/PI の比をとる場合,絶対濃度の高い方がこの比の増加速度が大きいという現象を指す. たとえば,笑気は1%でも10%でも70%でも投与が可能であるが,上記の比の立ち上がりは70%の場合が一番大きい.理屈の上では,ハロセンの1%と4%程度でも同様な現象がみられるはずであるが,絶対濃度が低い場合は差が少ないので,実際的な意義はまったくない. SG(併存ガス効果:The Second Gas Effect )は,笑気のように高濃度で使用する吸入麻酔薬が併在すると,導入の遅い吸入麻酔薬(たとえばアイソフルレン)のPA/PI の比が急速に大きくなるので,その導入も加速されるという現象である.理屈の上では,ハロセンとアイソフルレンを組み合せる場合でも同様なな現象がみられるはずであるが,絶対濃度が低い場合は差が少ないので,実際的な意義は少ない.
メカニズム: CEとSGのメカニズムは類似している.そうして,いくつかの現象の複合である.いま患者が自発呼吸で笑気を吸入する場合を考察する. 高濃度笑気を吸入すると,肺胞の笑気濃度が高くなるので,肺毛細管からの笑気の摂取率が高くなる.胸郭の動き以上に,吸気量が多くなる.つまり,“過換気になる”と考えてよい.過換気ならPA/PI の比が急速に大きくなる.“過換気になる”度合いは,笑気濃度が70%なら麻酔初期の笑気摂取量は1L/分を超えるから,その分だけと評価できる.笑気濃度が低ければ,摂取量もそれに応じて低いので,実際的な意義も少なくなる. 笑気が肺毛細管から摂取されると,併在するハロセンやアイソフルレンが取り残されて,濃縮を受ける(“濃縮効果”:Concentrating Effect). 胸郭の動きの割に吸気が多く,呼気が少ない.つまり二酸化炭素の呼出が阻害される.したがって,Paco2 が高くなり換気が刺激される.この要素からも過換気になる.
実際的な意味: 吸入麻酔のファーマコキネティクスを考える意味では重要であり興味も引かれるが,いずれの効果もあまり大きなものではないので,実際的な意義は少ない. 理屈の上では,吸入麻酔薬をできるだけ多数組み合せた方が導入速度が速いことになる.しかし,実際には気化器の設定から不可能な場合が多いし,何よりも笑気の導入速度が速いので,併存ガス効果がなくても笑気を加えて導入した方が,ハロセンやアイソフルレンを単独で導入する方がなめらかである.
蛇足: The Second Gas Effect をここでは「併存ガス効果」と訳した.日本麻酔学会の学会用語規定では「二次ガス効果」となっている.しかし,これは“second ”という英単語の意味を誤っているし,日本語のほうも意味をなさない.誤訳である.
参考文献: Epstein RM Rackow H Salanitre E Wolf GL. Influence of the concentration effect on the uptake of anesthetic mixtures: The second gas effect. Anesthesiology 25:364-371. 1964.
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諏訪邦夫
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