吸入麻酔薬の代謝
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一般の薬物と同様,吸入麻酔薬も体内で代謝を受ける.この点は,現在では“自明”と考えられるが,実は比較的新しく1960年代後半以降判明した知見である.それまでは,“代謝はうけない”と考えられていた.
なぜ吸入麻酔薬は代謝を受けないと考えていたか?
吸入麻酔薬は“生物学的には不活性”と,勝手に考えていた. 吸入麻酔薬の作用は“物理的”,“物理化学的”で,“化学的”ではない. 解析の困難:体内にとどまらない. RI使用ではじめて解析が可能になった. 当時まで,一般の薬物の代謝経路自体が詳細には研究されていなかった. 吸入麻酔薬の性質として,完全に純粋な物質を得ることが困難で,不純物があって,解析をむずかしくしていた. 一応,かなりの量が呼気に回収できるのは事実である. 現在では,すべての吸入麻酔薬が代謝をうけることが判明している.そのうちで笑気だけはごく微量であるが,他はかなりの量である.それでも,薬物によって差がある.
代謝の多いもの ハロセン,セヴォフルレン 投与量の10〜30% 代謝の少ないもの アイソフルレン 投与量の1%未満
エンフルレンはこの中間である.
ハロセンは肝毒性との関係で,詳細に検討されており,酸素の有無(量が多いか否か)で代謝経路が異なることも判明している.
吸入麻酔薬の代謝と吸入麻酔薬の選択 ところで,吸入麻酔薬の代謝が吸入麻酔薬の選択に影響するだろうか? 私は,この代謝の問題だけの理由で,麻酔維持にはアイソフルレンを使用する.特に,長時間(2〜3時間以上)で高濃度を投与する場合はそうである.薬理作用つまりアイソフルレンが呼吸や循環への作用が優れているからと考えるのも一つの理由だが,代謝が少ない点が最大の理由である. 吸入麻酔薬の代謝量を計算してみると,ハロセンやセヴォフルレンでは非常な大量になる.吸入麻酔薬を長時間与え続けることは,お酒を長時間飲み続けるのと同じように肝臓に負担をかける.吸入麻酔薬は,割合は少ないが投与全量が多い.
肝臓への負担という点からみれば
代謝の多いハロセンやセヴォフルレンは,“ガブガブ酒を飲む”状況 代謝の少ないアイソフルレンなら,“チビチビ飲む”程度という解釈である.
文献: Van Dyke RA, Chenoweth MB. Metabolism of volatile anesthetics. Anesthesiology 26:348-357. 1965. 吸入麻酔薬が代謝されることを明確に示した,史上最初の論文である.総説だが,原著論文は麻酔医の読まない雑誌に発表になっているので,実質的にはこれが最初の論文である.第一著者は化学者で,ダウケミカル社勤務.
例:
エチレン: 二酸化炭素がでくる.量は不明.RIによる研究である.投与量を正確に定めることが困難.呼気に出やすい. ただし,エチレンは生体内で生理的にも産生されている証拠もある.
エーテル: やはり二酸化炭素になる.量は不明.RIによる研究.アルコールの研究から,エーテルに関するヒントがいろいろ得られている.エーテルはアセトンとエタノールになり,そのいずれからも二酸化炭素がでくる.
ハロセン: 今日しられている代謝経路の一つが,仮説として提出されている.CF3COOHも
笑気: この時点では代謝のことは知られていないが“化学物質としては反応性が高い”と書いてある.当時,すでに白血球を下げることはわかっていたが,作用は全く不明であった.現在では,この点は詳細に判明している. なお,この論文で“吸入麻酔薬の代謝は,麻酔作用そのものに関係はないだろう”と断言している.この考えは現在も変わっていない.
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諏訪邦夫
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