電子版麻酔学教科書

  [総目次へ] [戻る] [目次へ] [キーワード検索]
  静脈切開がルーチンだったころ #7
投稿者  諏訪邦夫
URL  
投稿日時  2001年02月12日 14時47分
静脈切開がルーチンだったころ

--------------------------------------------------------------------------------
1962年の東京大学病院には,カテーテルの針はほとんどありませんでした.“ほとんど”という理由は,稲田豊先生の考案された「稲田針」というのは一応あったからです.これは,カテーテルの先端に5mm位の金属針がついたカテーテル針で,一応内筒(スタイレット)がついていました.ティスポではなくて,再生して使うものです.しかし, これは数も少なく,太さもたしか二種類位しかなく,おまけに再生したものは切れません .
点滴は原則として金属の針を入れてしっかり固定したのですが,術中に漏れてしまうことがよくありました.抜けるよりも針先が血管外に出てしまうことが多かったのです. そういう訳で出血の予想される手術では,静脈切開を行うのがルーチンでした.「ベネゼク」と称していましたが,おそらく“Venen Sektion ”というようなことです.もっとも, 藤田達士先生や亡くなられた田中亮先生はお二人ともアメリカ帰りで“ Cut down ”という用語を使っていらしたようです.
という訳で,出血しそうな手術では静脈切開を必ず行うのがルーチンで,麻酔医の楽しみの一つだったものです.
ところでこの「出血しそうな手術」というのが,現代とひどく違います.たとえば,胃切除などは出血はしません.一つは潰瘍の手術が多かったのも理由ですが,ガンの場合でも単純にとるだけで拡清はごく稀なことでしたから.一方,脳神経外科の開頭術はまず「出血の多い」手術に属しました.考え方も乱暴だったのでしょうが,器具も悪かったようです.麻酔管理が下手な故もあったでしょうが,手術は速くて開頭術で3時間を超えるのは稀だったように思います.というか,それ以上かかりそうになると止めていたのではないでしょうか.
整形外科の椎弓切除も出血の多かった手術です.鋸のようなもので一度に何本もの椎弓を一挙に切っていたのではないでしょうか.
開頭術も椎弓切除術も麻酔のほうは,手術の開始と同時に輸血を始めるのがルールでした.
もう一つよく出血したのが大動脈瘤などの大血管の手術です.これも担当の時は輸血が忙しかったのを記憶しています.
以上の三つ,つまり開頭術・椎弓切除術・大血管の手術はMGHへ行ったらまったく違っていて,出血が少ないのに驚きました.ある椎弓切除術の麻酔をはじめて,「始めて良いか」と聞かれて「まだ血液が部屋に届いていないからダメだ」と言ったら「お前,何を言っているのだ.この手術は輸血などしないぞ」といわれて驚きました.また,午後からはじまる大動脈瘤の人工血管置換術に当たっていて,「それじゃ,今夜は遅くなりそうだ」と指導の先生に言ったところ,「いや,あの外科医は2時間でやってしまう.君が一番早く終わるよ」と言われて,その通りで驚きました.この二つの手術に関する限り,当時の日本は著しく遅れていたのは間違いありません.
--------------------------------------------------------------------------------

諏訪邦夫

ご意見 編集(著者専用) 削除(著者専用)
 ▼関連ツリー 
 静脈切開がルーチンだったころ - 諏訪邦夫 [#7] 2001/02/12 14:47



  [総目次へ] [戻る] [目次へ] [キーワード検索]
AmigoForum Ver1.05 Copyright© CGI DE AMIGO!! 2000