サイクロプロペンが燃えた経験
-------------------------------------------------------------------------------- これもMGHでの経験ですが,サイクロプロペンが燃えた話をします.「爆発」とは言えないでしょう. 状況はこうです.1964年のある日曜日のことで,私は2年生研修医で当直の責任者でした.症例はイレウスで実際に麻酔をしていたのは1年生研修医です.電気メスは使っていません.麻酔法は,別項で書いた「エーテルで開始して麻酔を深くしておいて,維持はサイクロプロペン」というやり方で,事件の発生の時点ではサイクロプロペンの閉鎖法ですが,回路や患者にはエーテルも残っていたはずです. 私は廊下にあるスケジュールなどを作る机のところにいました.当の手術室は二つおいた三つ目なので10m位は離れていたでしょう.突然,オーダーリー(手術室の面倒をみる若者)が“火事だ”と叫んで消火器を取りに走りました.爆発の音はしませんでした. 私が手術室に着いた時には煙りは残っていましたが,火は燃えていませんでした.しかし,火が出て燃えたのはたしかなようです.ともかく,麻酔器と患者を切り離して部屋に備えてあるアンビューバッグで換気しながら,患者を廊下に連れ出しました.患者はまったく何ともなくて,その後は別の部屋を使って手術を無事完了しました.消火器の内容を放出して周囲を真っ白にしましたが,「必要なかったようだ」というのがその時に結論です. 結局,燃えたのが本当にサイクロプロペンだったのかは不明です.しかし,他に燃えたものはなく,他の可燃物も使っていませんでした.サイクロプロペンのボンベは麻酔器についていたが無事でした.後に静電気の問題を含めてこの麻酔器を調べましたが,特別な点は見つかりませんでした. 症例検討会で報告した際に,「アンビューで換気しながら廊下に出した」との記述に対して,「酸素90%で肺が満たされていたのだから,無呼吸状態のほうが酸素化は良好に保てたかもしれない」とコメントした人がいましたが,「そのコメントはアカデミックすぎる」と逆に批判されたのを覚えています.特殊な書類を書くなど法的な処置をとった記憶はありませんが,あるいは他の人がやったのかも知れません. それから15年位もたった1980年ころのことです.三井記念病院の手術室で腸ガスが電気メス使用で小さな爆発を起こしました.腸も少し傷みましたが,回りに腸内容が飛び散って部屋や外科医・麻酔科医などを汚した由です.こちらは私は現場にはいませんでしたが,事件の数日後に何人もの人から状況を詳しく聞きました.腸内ガスが爆発することがあり,特に酸素や笑気が存在すると爆発力が強いということは話に聞いたり論文でも読んでいましたが,身近に起こったのはこれが唯一の経験です. --------------------------------------------------------------------------------
諏訪邦夫
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