一酸化炭素と一酸化炭素中毒
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carbon monoxide poisoning
炭素の不完全燃焼で一酸化炭素が放出される. 喫煙でも数%から十数%のヘモグロビンはCO−Hbになってしまう.
治療は高濃度酸素の投与であり,高圧で行えば特に有効である.
疫学: 中毒死亡全体の,50〜60%を占める.大都市ほどその比率は高い.(農村では農薬中毒が高いことは周知の通り).
原因: 都市ガス,自動車の排気ガス,火災,煉炭や石油ストーブの不完全燃焼などが原因である.以前は,自殺が半数以上を占めていた.都市ガスは,以前は水性ガス(水素とCOの混合気体)を使用しており,一酸化炭素を多量の含んでいたからである.現在では,都市ガスは炭化水素が中心になったので,そのまま吸入しても死ににくくて,自殺には適さなくなった.
化学: 一酸化炭素ヘモグロビン. carboxyhemoglobin,carbon monoxide hemoglobin “カルボキシヘモグロビン”ともいう.ヘモグロビンに一酸化炭素が結合したもの. 一酸化炭素COは,血液中のヘモグロビンと強く結合して酸素の運搬能を失しなわせる.ヘモグロビンとの結合力は酸素の約200〜300倍である.この数値は固定していない.ヘモグロビンと酸素との結合と,ヘモグロビンと一酸化炭素との結合はまったく同等ではないからである. それにしても,この数値を200とすれば,血中のPCO(一酸化炭素の分圧)が0.5mmHg,Po2 が100mmHgで,HbO2 とHbCOの比が50%:50%となることを意味している.
酸素解離曲線の左方移動: 一酸化炭素の存在によって,一部のヘモグロビンは酸素と結合できなくなるが,一酸化炭素と結合していないヘモグロビンも,酸素運搬能がやや低下する. 理由は,一酸化炭素ヘモグロビンが存在すると残存のヘモグロビンと酸素の親和性が増大して,酸素解離曲線の左方移動が起るからである.
中毒の像: 一酸化炭素中毒は,吸入気の濃度によって速度が非常に異なる.濃度が高ければ瞬間的である.一方,濃度が極端に低い場合でも,ヘモグロビンとの親和性が高い故に結局は障害をまねく.
喫煙との関係: 喫煙ではカルボキシヘモグロビンが著増する.1日量が1箱(20本)で3〜5%である.100本では20%に近くなる. 非喫煙者でもカルボキシヘモグロビンは存在する.ヘムの分解によって生成する一酸化炭素のためである.その量は,総ヘモグロビンの0.2〜0.5%程度である.溶血性疾患の際には増加する.
限界値: Pco が上記の数値の1/10,つまり0.05mmHgは約600ppmにあたる.一方,これはPo2 でいえば10mmHg分だけの分圧で酸素飽和度は10%程度であるから,つまりヘモグロビンの10%未満が一酸化炭素と結合する.これが明確な障害のでる下限である.2000ppmで死亡する. 産業の場面での許容濃度は50ppmである.
症状: ハイポキシアの症状である.すなわち頭重,頭痛,疲労・倦怠感,めまい,悪心,意識障害,死亡に至る. 急性中毒の後遺症としては,肝,心,脳,腎の障害がおこる.重症では意識障害,精神症状,錐体外路系障害が加わる.パーキンソン症侯群の発生頻度も高い.中枢神経系の脱髄が進むと回復は困難である.
治療: 高圧酸素療法と高濃度酸素の投与.それに呼吸管理と,循環・体液バランスの管理である.腎不全,肺水腫,心筋障害の発生には注意を要する.
蛇足: 一酸化炭素が血液と結合して酸素運搬を障害することは,1850年ころにクロード=ベルナールが発見している.
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諏訪邦夫
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