血液ガスと呼吸生理の問題集:1997年版 解答
-------------------------------------------------------------------------------- 問題に対する解答です.間違いはないと思いますが,詳細に検討した訳ではないので,「絶対に正しい」とは云わないでおきます.
mmHgとkPa の関係を論理的に確立せよ 解: 1)簡単な解答 1気圧は760mmHg 1気圧は1013hPa 10hPaが1kPaだから 1気圧は101.3kPa これより1kPa=7.5mmHgが得られる.
2)丁寧な解答:SI単位系をしっかり使った解答 760mmHgとは? 水銀の密度(比重)を13.6とすると 1気圧は,0.760m×13.6g/(cm)^3 ×9.8m/秒2 =0.760m×13.6Kg×10^(-3)/[10^(-6)×m^3] ×9.8m/秒2 =0.760×13.6Kg×10 ^(+3)/m2 ×9.8m/秒2 =101.3×10 ^(+3) m/(秒2)/m2 m/(秒2)/m2 がPa,その10^(+3)倍ならkPa =101.3kPa
酸素 1ー1.酸素を指標としたシャント方程式を導け Qs/Qt=(Cc'o2 - Cao2 )/(Cc'o2 - Cvo2 )
解: 肺における酸素摂取のフィックの式は Vo2 =( Cao2 - Cvo2 )×Qt ところが,Qsは肺を通らないから酸素を摂取しない.酸素を摂取するのは Vo2 =( Cc'o2 - Cvo2 )×(Qt - Qs ) これを整理するとシャント式が得られる.
1ー2.酸素解離曲線が 正常なら Po2 40mmHgで Svo2 は75%である 右方移動して Po2 40mmHgで Svo2 が65%になった 動脈側の右方移動効果は無視できるとして,これによって酸素消費量が同一の患者で心拍出量が少なくて済む分を計算せよ
解:動脈血の酸素飽和度を一応100%としよう(本当は,97%位だが) 血漿に溶けている酸素量はこのレベルではごく少ないので無視する. Vo2 =Hb×1.34×(1ー0.75)×Q =Hb×1.34×(1ー0.65)×Q' 0.25Q =0.35 Q' Q'/Q =5/7 = 0.714 もし,動脈血の酸素飽和度を97%とすると 0.22Q =0.32 Q' Q'/Q =22/32 = 0.6875 したがって,いずれにせよ約70%で済むことになる.
1ー3.チアノ-ゼは動脈血の還元ヘモグロビン量が, 3g/dlなら光の条件のよい状況で検出できるという. 5g/dlなら大抵の条件で検出できるという. 1)ヘモグロビンが 8g/dlの貧血患者 2)ヘモグロビンが15g/dlの患者 で,チアノ-ゼの検出される条件を算出せよ. ただし,酸素解離曲線はほぼ正常とする.
1)ヘモグロビンが 8g/dlの貧血患者では, 3gで 動脈血酸素飽和度は(8ー3)/8×100=62.5 これはPao2 にして33mmHg位? 5gで 動脈血酸素飽和度は(8ー5)/8×100=37.5 これはPao2 にして20mmHg位? 生存不能に近い 2)ヘモグロビンが15g/dlの患者 3gで 動脈血酸素飽和度は(15ー3)/15×100=80 これはPao2 にして45mmHg位? 5gで 動脈血酸素飽和度は(15ー5)/15×100=67 これはPao2 にし37mmHg位?
二酸化炭素 2ー1.Paco2 =0.863×二酸化炭素呼出量/肺胞換気量の式で,とくに,0.863を導き,その意味を説明せよ.
解:概念的にいって, 二酸化炭素呼出量=肺胞換気量×肺胞二酸化炭素濃度 ところが,上の式の各項と因子は測定条件が異なるので この式は「考え方は正しいが,数値はあやまり」 二酸化炭素呼出量:摂氏零度,1気圧,水を含まない状態で表現 肺胞換気量:被検者の体温,測定の気圧(まあ,1気圧),水蒸気飽和 肺胞二酸化炭素濃度:乾燥二酸化炭素/乾燥空気成分(水蒸気を含まず)
肺胞換気量×肺胞二酸化炭素濃度 の「肺胞二酸化炭素濃度」として PAco2 /PB をとると,分母は水を含むのに分子は水を含まないから, 乾燥二酸化炭素が得られる.ただし,これは温度はまだ体温のまま. あとは,体温での二酸化炭素を零度に「収縮させればいい」 Vco2 ×(273+37)/273 = 肺胞換気量×PAco2 /760 mmHg 760×310/273 = 863.0036630037 単位は圧であることに注意 なお,ここでは二酸化炭素呼出量と肺胞換気量をいずれも同じ容積の単位 で表現したが,通常は 二酸化炭素呼出量はmlで 肺胞換気量はL/分で 表現するので,863mmHgでなくて,0.863mmHgになる
2ー2.血液中の二酸化炭素含量と血漿の重炭酸イオン量を比較せよ.どちらがどの位多いか? もちろん,単位を一致させて比較すること.
解: 動脈血の二酸化炭素含量は,たとえばディルのノモグラムで 約 48ml/dl 一方,血漿の重炭酸イオン量はよく知られている通り,24mEq/L これを単位を揃えて比較する.
二酸化炭素1モルは,22.4L(正確には,22.2L位. 二酸化炭素は理想気体からの隔たりが大きい) したがって,1mM は22.4mL 1mEq/Lは,22.4ml/L 24mEq/Lは, 537.6mL/L つまり,53.4ml/dl したがって,動脈血の二酸化炭素含量よりも血漿の二酸化炭素含量のほうが 少し多い. 理由は,赤血球の中が血漿よりもアシド−シスなので二酸化炭素含量がずっと 少ない故である.
2ー3.体重70kgの人の二酸化炭素産生量が200ml/分とする. 肺胞換気量4L/分で定常状態としてPaco2 が40mmHgだとする. 1)肺胞換気量8L/分で過換気を続け,定常状態でのPaco2 はいくつになるか. 2)肺胞換気量8L/分で過換気を続けた時,Paco2 が35mmHg,30mmHg,25mmHgになるのに何分かかるか? ただし,初期の身体の二酸化炭素量は40Lとし,その量はPco2 に比例すると仮定する.
解:1)肺胞換気量4L/分でPaco2 40mmHg 肺胞換気量とPaco2 は反比例するから 肺胞換気量8L/分ならPaco2 20mmHg
2)肺胞換気量8L/分で過換気を続けた時,Paco2 が35mmHg,30mmHg,25mmHgになるのに何分かかるか? 2-1)感覚的に計算するには 全体の体積が40L 二酸化炭素のターンオーバーが200ml/分 したがって,時定数は 40L/200(ml/分) = 200分 あるいは,二酸化炭素を洗い始めるところでは,400ml/分だから 時定数は100分
2-2)まともに計算するには 初期身体二酸化炭素量40L Vo 初期Paco2 40 mmHg Paco2(0) 身体の二酸化炭素量(L)は数値的にはPaco2 (mmHg)と等しい ここで,右辺はml/分だから,数値を合わせるには左辺も1000倍 dV/dt = Paco2(t) *VA/(0.863) - Vco2 1000*dPaco2(t)/dt = - Paco2(t) *VA/(0.863) + Vco2 = - Paco2(t) *VA/(0.863) + Vco2 = - VA/(0.863)(Paco2(t) - 0.863 Vco2 /VA ) (Paco2(t) - 0.863 Vco2 /VA )= X とおく.(0.863 Vco2 /VA=20) 1000*dX/dt = dPaco2(t)/dt だから dX/dt = - VA/(863) X 変数を分離して dX/X = - VA/(863) dt ln (X) =- t * VA/(863)+ C : C は積分定数 t = 0 で, C = ln (X(t=0)) t=0 での X の値は,40ー20=20 C = ln(20) ln (X) =-t * VA/(863)+ ln(20) 1) t= 863[ln(20)-ln( Paco2-20) ]/8 2) Paco2 が35,30,25になる時間は t= 0.863[ln( Paco2-20) -ln(20)]/8 2) t= 108* [2.996 -ln( Paco2-20) ] 2')
35では t= 108* [2.996 -ln( 15) ] 2') = 108* [ 2.996 - 2.708 ] 2') = 31 min 30 t= 108* [2.996 -ln( 10) ] 2') = 108* [2.996 - 2.303 ] 2') = 74.8 min 25 t= 108* [2.996 -ln( 5) ] 2') = 108* [2.996 -1.609 ] 2') = 149.796
ここから先の形は X = exp( - t * VA/(863)+ln(20) )
Paco2(t)=20 + exp( -t * VA/(863)+ln(20)) =20 + 20*exp(- t * VA/(863)) VA/863 で VA = 8 なら,この数値は0.0093.つまり, =20 + 20*exp( -0.0093 t) 時定数は,1/0.0093分つまり107分
酸塩基平衡 3ー1.一時的な強いハイポキシアから回復した直後の患者が強く過換気している.Pao2 は正常である.原因の可能性を探れ.
解: 一時的な強いハイポキシア:乳酸蓄積 HLA + HCO3- → LA- +H2O + CO2 水素イオンと二酸化炭素が換気を刺激するので過換気
3ー2.血液のPco2 が上昇すると二酸化炭素含量が増加することを,ヘンダーソンーハッセルバルフ式を用いて説明できるか?
解: pH=pK + Log( [HCO3-]/αPco2 )
H20 + CO2 ←→ H+ + HCO3- 1.2mEq/L 4*10^(-5)mEq/L 24mEq/L
3ー3.血液の中の二酸化炭素はいろいろな形で存在する.どこにどんな形でどの位存在するかを要約せよ.
解: CO2 1.2 H2CO3 ごく微量 CO2 + Pr ←→ PrCO2 血漿蛋白とは微量 ヘモグロビンとはかなりの量 HCO3- 血漿に大量 赤血球内の水にはその70%位
3ー4.「延髄化学受容体の働き方は二酸化炭素電極に似ている.どちらも本当は[H+ ]を感じるだけである」.これはどういう意味か?
解: 延髄化学受容体も二酸化炭素電極も直接は水素イオン濃度だけを感じる ただし,その前に膜があって,その膜は水素イオンを透過しない. この膜は二酸化炭素を透過する. 二酸化炭素が透過して,延髄化学受容体乃至二酸化炭素電極付近の水と 反応して H20 + CO2 ←→ H+ + HCO3- そこの水素イオン濃度を変化させる.結果的には,二酸化炭素に感じることに なる.
3ー5.「炭酸/重炭酸系は化学的には緩衝力が弱いが,生理的には強い緩衝力を発揮する」という.これはどういう意味か?
解: H20 + CO2 ←→ HCO3- 1.2 24 この反応は,生理条件つまりpH7.4付近では右に偏っている.左辺が少ないので水素イオンを緩衝する力がよわい. 二酸化炭素は換気によって調節が可能で, CO2 が多過ぎれば換気で呼出し CO2 が少過ぎれば換気を抑えて身体にためこむ. したがって,この緩衝系は実際的な力は強い.
換気力学 5ー1.呼吸器を換気力学面から振動系として考えたときに,何故慣性(イナ−タンス:電気回路ならリアクタンス)を考慮しないのか,考慮すべき特殊条件とは何かを検討せよ 解:1)呼吸器を力学的振動系として考えた時の固有振動数は,健康な状況で2〜4Hzである.病的な条件ではこれより速くなることが多い. 慣性(イナ−タンス:電気回路のリアクタンス)は,振動数が速い時に重要な役割を果たすが,振動数が遅い時には役割が小さい. 正常のゆっくりした呼吸は,1分間に10〜15回程度であるから,0.15〜0.24Hz,つまり固有振動数よりも一桁下の振動である.この条件では,力乃至エネルギー的にこの要素は無視できるので通常は考慮しない. 2)固有振動数と,強制振動数が近い条件では,慣性は無視できない. 2−1)強制振動数が高くなって,固有振動数に近づく場合 HFVがこれにあたる. 2−2)固有振動数が低くなって,通常の呼吸数に近づく場合 明快な疾患や病態としては知られていない. しかし,そういう状況が存在するかも知れない. 呼吸器全体でなく,部分的にそうした状況の発生する可能性は 否定できない. --------------------------------------------------------------------------------
諏訪邦夫
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