術前のPao2 は“ノーマル”過ぎる
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術前のPao2 はどうも正常値の範囲に入ってしまう事が多すぎる.そもそも正常値というのはある統計的な幅で,つまり「95%信頼限界」とか「標準偏差の2倍以内」といった数値を基礎に設定されるので,純論理的には“正常値が多すぎる”ということはないはずである.しかし実際にはそうなってしまう.
・第一に,評価するわれわれが“酸素運搬に障害がなければ正常”といった別の基準で正常値をいわば勝手に設定してしまう傾向がある.一面論理的ではあるが,Pao2 の微妙な低下を見落す結果となる.
・術前のPao2 が正常値になりやすいもう一つの理由は,覚醒時の血液ガス用のサンプルは坐位でとる場合が少なくない事である.手術から術後はほとんどの場合仰臥位であるが,仰臥位での血液ガスと坐位での血液ガスとは相関がゆるい.個々の患者では必ずしも予測が容易ではない.
・Pao2 が正常値になりやすい理由の三番目は,そもそもPao2 に限らず血液ガスの数値はすべて「代償能」,「予備能」の影響を受けて修復される傾向が大きいことである.肺活量の様な数値はそれ自体が予備能の指標で,健康の度合いが損われればそのまま低下してくる.他の機能によって肺活量の低下が防がれる,ということはない.これに対して血液ガスの数値は健康の度合いが損われても,軽度ならば数値には反映されない.第一,肺の働きは安静時の10倍以上から指標によっては20倍ものゆとりがあるので,病気が進んでもそもそも血液ガスの値は悪化しにくいものである.
Pao2 の値は「数値が悪ければ肺は非常に悪い,しかし数値がよくても肺はよいことを意味しない」性格をもったパラメ−タ−であることを承知しておいて欲しい.
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諏訪邦夫
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