電子版麻酔学教科書

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  移植用ブタの麻酔? #6
投稿者  諏訪邦夫
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投稿日時  2001年02月10日 23時43分
移植用ブタの麻酔?

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1994年5月5日朝日新聞朝刊に,「ヒト遺伝子を組み込んだブタ.移植用に英で量産化」
という記事が載った.中は読まなくても想像がつくとおり,ブタに遺伝子操作を加えて,ヒトに似せて臓器移植用にしようという話しである.

私は,何年も前から「日本はヒトからの移植がむずかしいから,この方向で努力すべきだ」という意見で,文章に書いて発表したこともある.(「人工呼吸器 − 過去、現在、未来」 人工臓器 18:1467-1473.1989.).ジョークとしては「ウマの心臓をもらった人間はオリンピック出場はだめ」というのも面白い.1500mで比較すると,ウマは1分30秒で走るが,ヒトの世界記録は3分30秒である.

免疫問題の解決は簡単ではなかろうが,ともあれ今後10年位の外科手術の向かう一つの方向が定まったといえる.文化的背景から同種移植のむずかしい日本でも移植が急激に増加する可能性も生まれてきた.

それが社会的道義的に望ましいかどうかは別の問題で,あらためて議論する必要はあろうが,技術面の発展自体は望ましいことである.

ところで,この医療が本格化すると一部の麻酔医はブタの麻酔を連日担当することになるかもしれないが,それに問題はないだろうか?


臓器をとる方は医師には資格はない理屈である.獣医が行なわなくてはいけないのだろうか?
人間の医師は,ブタに手術をする資格が“公に”あるのだろうか? 獣医の方が苦情を述べないだろうか?
あるいは,となりあった手術室で獣医師が臓器をとり,ヒト医師が移植をするのが,論理的には一番妥当なはずであるが.
「動物からの臓器移植に基本的に反対」という立場の人はいるかもしれない.その方は,この医療を避ける以外に方法はない.
「動物から臓器をとる側の医療は担当したくない」という気持ちはないだろうか.
私自身は,この仕事を「毎日のルーチン仕事としてよろこんで行なう.扁桃腺や胃切除の麻酔と同じこと」とは考えられない気分がする.実験ならイヌの麻酔をするのと同じだが,職業として毎日行なうとなったらあらためて覚悟が必要ではなかろうか.
この感じは人によって異なって当然だが,私の場合は,脳死患者から臓器をとる際の麻酔を担当した経験があり,この気分の憂鬱さは,文章に書いている(諏訪邦夫:脳死に関して麻酔の立場から 麻酔 34:551-552 985.).「脳死患者を麻酔するのは,臨床医としての麻酔医の仕事ではなくて,病理学者の仕事だ」という感じと,もう一つ何しろ仕事が終わると死体になっているので気分がよくないのだ.ブタを麻酔するのも,これに共通したものがないだろうか.

これは私の感覚であって,年齢の若い友人たちに意見をきくとまったく抵抗がないようである.私自身が他人と感覚が異なるのか,年齢の要素が大きいのかは不明である.



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諏訪邦夫

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