メラトニン
-------------------------------------------------------------------------------- 化学物質の名 医学辞書やGoodman & Gilman ピエルパオリ他.養老孟司監訳 「驚異のメラトニン」 保健同人社 2000円 などより.
[化学構造] 私のパソコンの医学辞書やGoodman & Gilman にはしっかり載っています.N-acetyl-5- methoxytryptamine. アミノ酸のトリプトファン,およびセロトニンと類似物質 化学物質としての近縁関係は下のようになります. トリプトファン :indole-CH2-CH(NH2)-C00H セロトニン :OH-indole-CH2-CH2-NH2 メラトニン :CH3-O-indole-CH2-CH2-NH-CO-CH3 セロトニンでは-OH のつく位置に,メラトニンでは-O-CH3 がつきます.さらに遊離アミノ基でなくてアセチル基(-CO-CH3)がつくわけです.セロトニンもメラトニンもアミノ酸に似ていますが,カルボキシル基はないので,アミノ酸ではありません. 化学反応で書いていらっしゃるとおり,セロトニンがそもそもトリプトファンから作られて,そのセロトニンからメラトニンができます. [分子量と基本構造] indole 核部分:C8NH5 ですから質量数は115位 indole 核以外の付加部分:C5NOH11 ですから質量数101合計216.つまり分子量200強の物質です. [英語のつづり] melatonin [メラトニンは体内にある物質] 松果体から分泌される物質で,一応ホルモンということになっています.しかし,本当にホルモンかどうかは下記のような理由で不明だと私は理解しています.1957年ころの発見. [産生量と代謝] 不明?まさかある程度は判明しているのでしょうが,本に載っていません. [通常はどういう働きをしているのか] これも不明.ここがけっこう重要でしょう. メラトニンはレセプタに関する情報がありません.血液に出てくることはたしかですが,ターゲットが現時点でははっきりしません.ターゲットがわからないからホルモンでないと結論はできませんが,確信はもてません.脳には効くらしいのですが. 松果体で作用をしているのはセロトニンであって,このセロトニンの代謝物質がメラトニンとして単に血中にもれているだけかもしれない,という考え方もあるようです. メラトニンの血液中レベルは日差変動をしており,周辺の明るさで決まる.これは確定している事実です. ただし,これも松果体のセロトニン自体が日差変動している副作用だという解釈もありうるかもしれません. [メラトニンの服用効果] 催眠作用があることは間違いない. [ジェットラグに効くという根拠] コントロール研究はないようですが,だからといって特に疑う根拠もない.けれども,上記の本で主張している若返り薬としては? [入手経路] アメリカでは栄養補助薬で処方箋なしで購入可能. 私の経験(ボストン)では,3mg錠100粒で9ドル98セント [生体内濃度と投与量の関係] これが私の一番知りたいところですが,調べたところではわかりません.つまり,正常でメラトニンの血液濃度がどの位で,服用するとそれがどの位に増えるのかが不明です. メラトニンがホルモンだとして薬効もホルモン作用を狙うなら,両者は近いレベルになくてはおかしいでしょう.もし両者が2桁も異なるようなら,内因性のメラトニンの作用と服用したメラトニンの作用とは基本的に異なる作用だと結論できます.つまり,生理作用と薬理作用は近似でないということです.ハイドロコーチゾンを100mg投与するのは,生体のステロイドを補う生理作用だけれど,10gも投与するのはそれ独自の薬理作用を狙うのだというのと類似ですね.
[上記書籍の内容] ジェットラグのことも書いてあるが,「松果体は加齢をコントロールする器官で,メラトニンを服用すれば年齢が20歳〜30歳若返って,元気に生きられる」と強調しているのが特徴.こういう書籍にありがちな非常に特異な提示と特異的な解釈に満ち溢れている.それを“独断的”ととるか“独創的”ととるかは一寸? [上記書籍の序文] 監訳者の養老孟司氏が,メラトニン流行を鋭く批判していて,とても興味深い論文である.科学とお金の問題(騒ぎたてると研究費が入りやすい,騒ぎたてなければ研究費が入らない),アメリカ文明の考え方(若さを重んじる,若返り願望が強い,そのシンボルとしてセックスを重視するなど)などの点を鋭く突いている. 注文をつければもっとページを割いて,しっかりと長文でーーともいえるが,それにしてもこういう文章を冒頭につける監訳者にも,出版社にも良心を感じました.
[蛇足] アメリカでは,アミノ酸のトリプトファンが栄養剤として大量に販売されている.そのトリプトファンは日本から大量に輸出されているので,メラトニンの合成もトリプトファンからとすれば原料は案外日本製かもしれない. このメラトニンの話は,
上記トリプトファン服用の話 筋骨隆々になりたくて合成男性ホルモンを摂取する話 身長を伸ばしたくて成長ホルモンを子供に与える話 気持ちよくなりたくて麻薬や大麻(マリワナ)をとる話 などと近縁である.つまり,薬物の作用にはある程度科学的根拠はあるが,それを日常生活で服用していいのか,という問題である.アメリカ文明の典型で,この点では養老氏の見解に私も賛成です.大衆が医学や医療に関して無知なことは日本もアメリカも同じだけれど,方向はたしかに違う. 当然のことながら,メラトニンを100%否定はしませんが,効能はもちろん副作用についても眉に唾をつけて聞いています. [蛇足] ジェットラグに効くというので,自分で服用してみました.その経験では,たしかに眠くなってくれましたが,2〜3時間もすると眼が醒めてしまって,素晴らしいというところまでは行きませんでした.でも,考えようによっては,2〜3時間は眠れたのだからまったく眠れないよりずっといいとも言えます.
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諏訪邦夫
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