キリンの呼吸と代謝
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キリンは,姿の魅力だけでなく,呼吸と循環に関心のある研究者なら,当然興味を引かれるでしょう.「長い頚の先の頭までどのようにして血液を流すか」の興味と,「あの長い頚の中に収っている気道は抵抗と死腔の面でどうなっているのか」という二つのテーマです.
循環系や自律神経系は多方面から研究されています.それに比べると,呼吸の研究は多くありません.しばらくまえに,私はブルーバックス“酸素はからだになぜ大切か”を書くにあたって計算してみました.キリンの体重を500kg程度,気管の長さを2メートルとすると,あの気道はかなりきわどい条件にあるという答えがでました.太ければ死腔が大きくなりすぎるし,細ければ抵抗が大きくなりすぎるので,許容できる範囲は狭いのです.
ここではもう少し「科学的な」論文を紹介します.
[研究の場] ナイロビ大学の研究室とオクスフォード大学の共同研究
[対象] 体重570kg〜640kgの3頭を,生きている状態で測定した.その他に,死亡して発見された各種の野性哺乳動物16種88頭からのデータを組み合わせた.うち31頭がキリン.
[使用薬物と機器] マスクは自作.楽に呼吸してくれた.回路は機械式で.25回の呼吸まで追随できる.
[測定項目] 呼吸数,一回換気量,分時換気量,酸素摂取率,気管の太さと長さと容積(死体で)
[結果] 生きているキリンのデータ 体温 37.3 動揺が大きい. 分時換気量 108ml/分/kg (人と同じレベル) 酸素消費率 2.6ml/分/kg (成人は3.8で,あまり異ならない) 呼吸数 9.13回/分 一回換気量 11.7ml/kg 7L程度 (人と同じレベル)
キリンの死体のデータ 気管の容積は,哺乳動物一般の回帰曲線で比較すると同じ体重のそれに一致する.気管の長さは,哺乳動物一般の回帰曲線で比較すると同じ体重のそれのほぼ2倍である.したがって,キリンの気管は他の哺乳動物よりも細い.とくに体形の大きなキリンではこの傾向が強い.
気管が細くて長いが,それが,換気を障害しているとかエネルギーの負担になっているという証拠は見つからない.
[結論] キリンの呼吸と代謝のパラメーターは,同じ体重の他の哺乳動物と基本的に同じである.気管の容積は大きくない.気管は細くて長い.しかし,それが特に気道抵抗を大きくしている証拠はない.
注釈と意見: 挿話として,キリンは60km/時で5分位走れると述べています.データの裏付けはありません.本当とすれば馬より少し速いことになります.ダービー級の馬は時速60kmで2分走る程度です.ちなみに,世界記録級で,ヒトは10秒間なら時速36kmですが,2分となると30km/時程度まで遅くなります. せっかくの論文ですが,研究にも論文にもおおきな欠点があります.
窒素法でも,二酸化炭素法でも,気道側でも血液ガスを併用してもいいから,生体で死腔を計ってほしかったと思います. データの提示の仕方が不適切です.データがグラフに載っているだけで,数値がないのです.全体の表は無理としても,データの幅(最小値と最大値)でも載せて下さればいいのですが.気管の長さを図から読もうとすると最大で50cmとなります.31頭で調べたキリンの気管の長さが最長で50cmなんて私は信じられません.ヒトの気管だって20cm近くあるのですよ.
Langman VA, Bamford OS, Maloiy GM. Respiration and metabolism in the giraffe. Respir-Physiol. 1982 ; 50: 141-52
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諏訪邦夫
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