電子版麻酔学教科書

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  小暮久也:虚血性脳障害とその修復過程 #7
投稿者  諏訪邦夫
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投稿日時  2001年02月11日 13時33分
小暮久也:虚血性脳障害とその修復過程

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講演メモから:
この講演は,ものすごく面白かった.小暮先生は,数年前にも麻酔学会で講演して面白かったが(この時は,Caチャンネルが壊れて機能しなくなってNaの流入が起こって浮腫になるという話),今回も期待に違わなかった.
細胞や生物のオーガニゼーションが壊れるとか,それがどのようにできているか,一箇所が壊れると,その影響が全体の及ぶという問題などの話しである.

[要点]:
一過性の虚血から,1週間から1ヶ月,あるいはもっと永くかかって死亡する.“postischemic slowly progressive neuronal death”という命名は小暮氏自身によるもの.
delayed neuronal deathということは10年位前にわかっている.これは虚血にともなうカルシウムホメオステーシスの障害で,蛋白質ターンオーバーの障害とか,水・ナトリウム・水素イオンの制御の障害などである.
全体のプロセスはゆっくりしているが,一個の細胞の死は突然起るのが特徴.基本的には,“カルシウムホメオスターシスの障害”による死亡である.
これに対して,本日の話はそうでなくて,“環境との情報交換の失敗によって起る”と名付けている.“周囲との折り合いがわるくなって死ぬ”という面白い表現も.
うまくケアすれば,この折り合いを回復することもありそうだという.


実験:
マイルドで時間の長い虚血をつくる.そうして脳を観察する.
線条体 corpus striatum が死んで,しばらくしてから黒体substantia nigra が死ぬ.
皮質が死んでしばらくしてから視床の細胞が死ぬ
その際に“浮腫はない”.普通の脳硬塞,つまり上記の“カルシウムホメオスターシスの障害”による死亡と違う.極端に選択的な細胞の死亡である.
この死に方では,ブドウ糖のとりこみは亢進しない.

何が起こっているのかは,小暮氏の「仮説」であるが,
disinhibitory overexcitation:上からの抑制がとれて,自分が興奮しすぎて消耗してしまう.てんかんでの脳細胞の死がこれにあたる.それに近い状態.上記の線条体と黒体の関係はこれ?
axonal degeneration:神経栄養因子がだめになるのか.

かるい障害を起こすと,重症の虚血で出現してすぐ死ぬ細胞が,もっとゆっくり出現して,しかもなかなか死なない.そうして,うまくいくと跡かたなく回復する.
この細胞は,“reactive astrocytes:acidophilic cells”で,これはよく知られている.しかし,通常は重症虚血で出現して,やがて自分も死んでしまう細胞なのであるが,軽い虚血でよく観察すると,1月後にも細胞はまだ生きていて,ただ普通の染色では区別できなくなる.しかし生きているのだ!
この細胞には,“BFGF”という神経栄養因子の受容体が非常に沢山存在する.
この“reactive astrocyte は神経伝導で情報を受けたのではない”.この細胞は,神経細胞ではないから,通常の意味で神経系を介して情報を受けることはできない.そうではなくて,“軽い虚血”という周辺の“環境”を別の方法で感知したものと考えられる.
 一方,神経細胞の方は,これからメッセンジャーRNAあるいはDNAを変えるようなことをやっているらしい(これは僕には何のことやらわからない).

1月たつとだいたい修復して,3ヶ月たつと何も見えない.
reactive astrocyte は2週間で最大になり,4週間では元のレベルに戻る.
bfgf 受容体も2週間で最大になり,4週間では元のレベルに戻る.

うんと短い虚血でみると,どうも細胞の核の中にいろいろな反応がすぐに始まる.
つまり,こういう変化は神経細胞だけに起こるだけでなくて,グリアにも起こる.つまり細胞の間の情報交換の障害なのだ.
脳障害の際に,神経細胞だけをみていたのではだめだ,ということを意味するし,逆にグリアをみることで,新しい分野が開けるということも意味するであろう.

細胞の異所性発芽
一方が死ぬと,残った細胞がへんな風に発芽がでてくる.上記の,皮質細胞が死んだ時に視床の細胞が発芽する,という感じ.
つまり,脳細胞も新しいシナプスを作る能力があるらしい.
動物実験で,ここに培養した神経細胞をばらまいてやると,この発芽と培養した神経細胞がくっつく
こういう発芽は,現時点では脳全体の機能を回復するような形でのシナプス形成をする訳ではないから,“脳を修復する”とはいえない.
しかし,少なくとも可能性としては,脳が壊れた時に,そこに細胞の種子をいれるとシナプスが再生するのだから,“壊れた脳を修復する可能性”のあることを示唆するといえる.

註:
このページは,学会のメモに少し手をいれたものです.1991年春の第13回日本麻酔・薬理学会のものです.その頃の講演記録をみれば,もっとしっかりしたものが見つかるかもしれません.


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諏訪邦夫

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