電子版麻酔学教科書

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  心肺蘇生法の一貫としての酸素療法 #12
投稿者  諏訪邦夫
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投稿日時  2001年02月11日 13時43分
心肺蘇生法の一貫としての酸素療法

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東京大学医学部麻酔学教室
諏訪邦夫
心肺蘇生法の問題点として,心肺蘇生後の病態生理のうちで生体の酸素運搬の問題,酸素の需要供給の問題,それに対応する酸素療法などを説明する.


低酸素と酸素負債:蘇生後になぜ酸素が必要か
心停止およびその後の蘇生の状況を組織レベルでみると,三つのレベルの低酸素(ハイポキシア)がみられる.動脈血の低酸素,組織レベルでの低酸素,低酸素の後遺症すなわち酸素負債の残存の三つに分けて考え,つぎに蘇生後になぜ酸素療法が必要かを検討する.

1−1.動脈血の低酸素
心停止の原因そのものが肺のガス交換障害による場合,たとえば肺の挫傷や高山病による肺水腫が原因となるような状況では,蘇生に成功しても肺のガス交換能は著しく低下したままの状態にある.この状況では,吸入気酸素濃度を高く保たない限り,動脈血のハイポキセミアは防止できない.
たとえ,原疾患として肺の障害がなくても,蘇生後に空気を吸入したのではPao2 が低値になることがまれでない.どうしても,吸入気酸素濃度を高く保つことが必要である.理由は,心停止そのものが血流を障害することによって肺を損傷する可能性を増すす.代謝の異常や血液凝固の異常が肺血管を障害するからである.また,蘇生法も肺の損傷を招く.肋骨の損傷などを介して,肺気量の低下や肺の酸素化能の低下を招くこともあるし,カテコールアミンをはじめとする治療薬も肺の負担になるからである.

1−2.組織レベルでの低酸素
Pao2 が正常でも,蘇生時には組織レベルの酸素障害は残る可能性が少なくない.理由は二つある.一つは血流の異常であり,もう一つは運搬を担当する血液の異常である.
蘇生後の血流量が不足なこと,心拍出量としては十分でも,臓器毎の血流分布が異常なこと,臓器全体の血流は維持されていても,組織レベルでの血流障害が起きてシャントしてしまうこと,などのためである.
一方運搬体としての血液の異常としては,pHの異常・体温の異常・DPGの異常などによる酸素運搬能の障害である.極端なアルカローシスは酸素解離曲線の左シフトを招いて末梢組織での酸素の放出を困難にするが,重曹の使用や過換気の応用によってアルカローシスの危険はつねに存在する.逆に極端なアシドーシスでは肺での酸素のとりこみが重要になる.悪性高熱症では体温が摂氏43度,pHは6.8程度のレベルが報告されているが,この状況ではその他の要因がすべて完璧でも,空気吸入でのSao2 は70%程度と,混合静脈血を下回ってしまう(図1).
さらに,心肺蘇生に合併することの多い保存血輸血は,DPGを著しく低下させて酸素解離曲線の左方移動を招く.

1−3.低酸素の後遺症:酸素負債
心停止にともなうアシドーシス・乳酸蓄積は勿論であるが,膜の破壊によるK+イオンの漏出,ATP→ADPからさらに分解の進んだ代謝産物(アデノシン,ヒポキサンチン,キサンチン)の影響も重要である.こうした障害は,その後の酸素の利用とエネルギーの産生と使用を著しく障害する.

1−4.酸素療法の必要と酸素の滝による考察(図2a,b,c)
以上の問題をよくいわれる“酸素の滝”の模式を使用して考察しよう.a)は正常の酸素の滝,b)は蘇生後に肺・循環・血液・組織などすべての障害を含んだ状況で空気吸入状態での酸素のレベル,c)はこれに酸素療法を施した状況での酸素の滝である.末梢組織での酸素供給を図るためには,吸入気酸素濃度を十分に高く維持する必要のあることがわかろう.

酸素療法のやりかた
心停止,蘇生における酸素療法は,通常の呼吸不全における酸素療法とはいくつかの点で異なっている.気道の確保,換気の維持,循環の維持,酸素需要減少などを同時に図る必要がある.このうちで気道確保と換気の維持(人工呼吸)は,それぞれ別に考察されることになっているので,その項にゆずる.ただ,蘇生における酸素療法は気道確保や人工呼吸と切り離せない関係にあることを強調しておきたい.

2−1.循環の維持
心マッサージそのものはもちろんであるが,心拍が再開して心臓が活動を開始しても,単独で心拍出量を十分高く保てることはむしろ稀である.そのためには輸血や輸液,各種の循環刺激薬などを組み合わせて使用せねばならない.また,別項で考察されるモニタリングを駆使して,患者の状態を評価していかねばならない.

2−2.酸素需要を減少させる必要
人工呼吸の使用に関して,付言しておきたい.心拍が再開して自発呼吸がでても,一般には人工呼吸を続けることが望ましい.理由は,必要部位に十分の酸素を送るためである.全身の酸素とエネルギーの需要供給のバランスがクリティカルな状況では,自発呼吸は余分なエネルギー消費となり,患者にとって不利な条件となるからである.
肺と換気系の障害された条件では,自発呼吸に要するエネルギーは全身のエネルギー消費の30%から50%にも及ぶ.これは健康人の安静時の数値の10倍以上にも及ぶもので,そうでなくてもクリティカルな全身のエネルギー供給にとって,自発呼吸は大きな負担となるのである.

酸素療法の手技
心停止の蘇生においては酸素療法は絶対的な適応である.とくに,蘇生後数時間の状況においては,酸素中毒の危険を恐れることなく,遠慮なく高濃度の酸素を使用し,Pao2 を高く保ち,組織の酸素化を図る必要がある.

3−1.気管内チュ−ブへの酸素
もっとも基本となるのは,気管内チュ−ブに対するアンビュバッグ(図3a)またはジャクソンーリース回路(図3b)を利用した純酸素による人工呼吸である.これが基本である.

3−2. マスクを用いた酸素療法とマスクのいろいろ
各種マスク:マスクにもいろいろな種類がある.ただ顔面に装着するもの,酸素を溜める袋のついたもの,ベンチュリ機構を利用して正確な濃度の酸素の得られるものなどである.また顔面に完全に密着して周囲からの漏れを防ぐものもある(図4).
鼻眼鏡型の酸素投与カテ−テル:図のように耳にかけてから前にまわして顎に掛けて固定する(図5).

数時間から1日以上経過した状態での酸素療法
時間がたって,患者の状態が安定してきたら吸入気酸素濃度を下げてくる.その考え方の基本は次のようである.

4−1.酸素は原則として連続使用
酸素は連続投与が基本である.体内には酸素のストックがほとんどないので,間歇投与では体内の酸素レベルが保てないからである.

4−2.酸素を得るソース
酸素をどのようにして手に入れるかは,長時間では重要な問題になる.純酸素を「ボンベ」とよぶ金属容器につめたものから減圧弁と流量計で少量ずつを取り出して使用するのが,標準的な方法である.大病院では常温のボンベでなく,低温の液体酸素からとりだす.この他に,最近では酸素発生装置(化学反応で酸素を作るもの)や酸素濃縮装置(空気成分から酸素を取り出して酸素濃度の高いガスを得るもの)も使用されるようになった.

4−3.酸素濃度の選び方 − その1
吸入気酸素濃度を下げるには,体内の酸素が不足にならないことを見極めながら,徐々に低下させる.覚えやすいル−ルにすると,

Pao2 400 以上なら20%下げる
Pao2 300 以上なら15%下げる
Pao2 200 以上なら10%下げる
Pao2 200 以下なら 5%下げる
としておけばよい.

4−4.酸素濃度の選び方 − その2
最近では優秀なパルスオキシメーターができ,採血によることなく動脈血酸素レベルが測定できるようになった.パルスオキシメーターはPao2 ではなくSao2 を測るものであるが,Sao2 の95%はPao2 の70−80mmHgにあたるので,これを目安に吸入気酸素濃度を規定して行くことができる.

参考文献
諏訪邦夫:血液ガスの臨床.中外医学社.東京.1976.
諏訪邦夫:呼吸不全の臨床と生理.中外医学社.東京.1978.
諏訪邦夫:血液ガストレーニング 中外医学社.東京.1983.
諏訪邦夫. 呼吸管理トレーニング 中外医学社.東京.1985.


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図1
正常の酸素解離曲線と極端な高体温とアシド−シスの組あわさった状態での酸素解離曲線

図2
酸素の滝の各種

正常の酸素の滝,
蘇生後に肺・循環・血液・組織などすべての障害を含んだ状況で空気吸入状態での酸素
これに酸素療法を施した状況での酸素の滝.末梢組織での酸素供給を図るためには,吸入気酸素濃度を十分に高く維持する必要のあることがわかろう.

図3
酸素療法の基本は純酸素による人工呼吸
アンビュバッグ
ジャクソンーリース回路
前者は高濃度酸素を与えにくいが,使いやすい.後者は高濃度酸素を与えやすいが,修熟を要する.

図4
マスクのいろいろ
通常のプラスティックマスク
レザヴォアバッグがついて,酸素がやや高濃度になる.
ベンチュリ機構で,酸素濃度が正確に調整できるもの

図5
鼻眼鏡型の酸素投与カテ−テル(“プロング:prong”とも呼ぶ):図のように耳にかけてから前にまわして顎に掛けて固定する.


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諏訪邦夫

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