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  蘇生と混合静脈血Pco2 その1 #10
投稿者  諏訪邦夫
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投稿日時  2001年02月11日 13時41分
蘇生と混合静脈血Pco2

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東京大学医学部麻酔学教室 諏訪邦夫
この文章は,同名のタイトルの解説の文章(“呼吸と循環”1992)に少し手をいれたものである.

はじめに

蘇生時にPco2 とくに静脈血Pco2が非常に高値になることがある.蘇生の際に代謝性アシドーシスが発生するのは普遍的に知られている事柄であるが,その際に代謝性アシドーシスだけでなくて“呼吸性アシドーシス”が静脈血に,ことに混合静脈血にみられ,最近注目をあびている.
先頃必要があって,過去10年ほどのメドラインで,“蘇生における酸塩基平衡の問題”を検索してみた.この点に着目した論文が60ほど見つかったが,そのうちで実に20以上(30%以上)が,混合静脈血のPco2 をテーマにしていた.蘇生に限定せずにショックまで含めれば数はさらに増加する.ところが,どの研究論文をみても“Pvco2 が高い”という事実には注目しながら,なぜそうなるのかの説明はいい加減である.“静脈血の分析が必要”と述べるにとどまっているものも多い.いずれもメカニズムの解析には及んでおらず,ましてや対応には触れていない.それどころか,報告によってはまるで出鱈目の論理が記載されている.それが,本稿を執筆する理由である.


歴史
このテーマに着目してしっかりと報告しているのは,筆者の知るかぎりではHalmagyi のものが最初である(図1,ref1).これは出血ショックの動物実験である.ほぼ同じころに筆者自身が,やはり動物実験で心蘇生の実験を行なって別のテーマで報告しているが,その中に少しく考察している(ref2).一般的によまれる雑誌に載ったものとしては,New Eng J Med に臨床での心停止と蘇生の条件で,類似の所見を報告したものが最初であろう(ref3).年代的には早いが静脈血側の異常をあまり強調していない.
1970年代後半から1980年代に入って,蘇生の問題が注目されるようになり,その研究が進んで,この所見が見出されていろいろと喧伝されるようになった.この点は文献を参照されたい4-15).

事実
まず,データを示しておこう.すでにHalmagyi のデータは図1として示した.この他にいくつかの論文から数値を引用しておく(表1).Pvco2 とPaco2 の較差が正常値の5mmHgから,30mmHg〜40mmHg,場合によっては100mmHgにも拡大しているのがわかる.

メカニズム
それでは,心蘇生やショックにおいて静脈血のPco2 が上昇するメカニズムを考察しよう.
心蘇生やショックにおいて,混合静脈血のPco2 が上昇するメカニズムはおおまかには3つである.フィックの原理からすぐわかる通り,血流が低下すれば,動静脈二酸化炭素が含量の差が拡大する点,血流低下と酸素供給の障害によって組織レベルで代謝性アシドーシスが進み,それが原因となってみかけの二酸化炭素産生が増加する点,そうして血液の代謝性アシドーシスによって,血液の二酸化炭素包含能が低下するので,血液の二酸化炭素運搬能も低下する点の三つである.ここではそれぞれを一つずつ説明していこう.



フィックの原理と動静脈二酸化炭素含量較差の拡大
三つのメカニズムのうちで,これは一番理解しやすい.すでに Halmagyi の論文において説明に使われており,その後の論文が基本的にはいずれもこれと同じ論理を使用している.しかし,その論理だけに“とどまっている”のが問題である.以下に述べる第二,第三のメカニズムが加わって問題を大きくし,診断的意義も重くしている点を無視しているからである.
正常安静状態でのPvco2 とPaco2 との較差は5mmHg〜6mmHg程度である.ところが,ショックや心蘇生での値はその10倍以上もの数値が頻回に観察される.その折りの心拍出量は低いとはいっても,正常の1/3か1/5程度である.したがって,フィックの原理だけでは説明としてはまったく不満足である.この点は,図1にすでにあらわれている.

みかけの二酸化炭素産生の増加
重要な要素は,血流低下と酸素供給の障害によって組織レベルで代謝性アシドーシスが進み,それが原因となってみかけの二酸化炭素産生が増加する点である.
ショックでも心停止でも組織のエネルギー消費はある程度は進行する.その際に,血流が途絶して酸素の供給が停止すれば,嫌気性代謝が進み乳酸を代表とする有機酸が産生される.この水素イオンの発生は一般には細胞内で起るから,細胞外液や血液には反映しにくい.水素イオンは細胞膜を透過しにくいからである.
産生した水素イオンは,細胞内で緩衝をうける.緩衝物質として働くのは重炭酸イオンHCO3-である.当然,

HLA+HCO3-→CO2 +LA-
もっと簡単に書けば

H+ +HCO3- →H2O+ CO2
の反応によって,分子状の二酸化炭素 CO2 ができる.この二酸化炭素分子は水素イオンよりも細胞膜を透過しやすい.それが血流に乗って中枢に運ばれる.
このようにしてできた二酸化炭素は本来代謝によって産生した二酸化炭素とは別のものである.酸素が不足しているから,電子伝達系もTCA回路も動かない.したがって,本来二酸化炭素がでてくる代謝系からは二酸化炭素の産生は低下する.しかし,嫌気性代謝によってできる水素イオンが二酸化炭素となって排除されるのである.この関係を図2に示した.
このようにしてできる二酸化炭素の量は膨大な量となるかもしれない.なぜならば,嫌気性代謝は好気性代謝に比較してATP産生の効率が低いから,等量のエネルギー発生という立場でみれば,水素イオンの発生量も多く,とうぜん二酸化炭素の発生量も多いからである.
この現象は,実は運動生理学ではよく認識されている.運動の負荷レベルが強くなって好気性代謝だけではエネルギー産生が賄い切れなくなって嫌気性代謝が加わる.いわゆるAT(Anerobic Threshold )である.ここを越えると,酸素消費量を上回って二酸化炭素が産生されるようになり,呼吸商やガス交換比が1を越えるようになる.運動生理学や運動負荷試験の立場からは,この二酸化炭素産生の増加分を測定することによって乳酸の産生量を推定する試みもある.

血液の二酸化炭素運搬能の低下
Pvco2 の上昇する三つ目の理由は,血液の二酸化炭素運搬能の低下である.正常の血液はPvco2 46mmHgで52ml/dl程度の二酸化炭素含量を保持するが,この二酸化炭素保持能は血液の酸塩基平衡に依存する.アシドーシスでは極端に低下する.重炭酸イオンの含量が低下するから当然である.その様子を図3に示した.この図に示すように,血流が充分にあって動静脈含量較差が同一でもアシドーシスの状態では動静脈分圧較差は倍増する.二酸化炭素解離曲線の勾配が平坦になるからである.低血流状態では混合静脈血の酸素飽和度が低下するので,ホールデン効果が顕著になるので一部は数値的に代償されるが,一方でPvco2 の点が高くなると二酸化炭素解離曲線動作点の勾配が小さくなり,Pvco2 を押し上げる方向に働く.

その他
心蘇生の際にPvco2 を高値に押し上げるメカニズムは以上の三つである.この他に換気の割に動脈血レベルのPco2 も高くなるという点に関して言えば,こういう低血流状態では呼吸死腔が増えて,換気の効率が低下するという問題もある.この点は別なので詳しくは論じない(Gerst, Suwa).

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