電子版麻酔学教科書

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  アナフィラキシーショック #31
投稿者  諏訪邦夫
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投稿日時  2001年02月11日 20時17分
アナフィラキシーショック

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アナフィラキシーショックとは,IgEを介した即時型過敏反応の一種である.
肥満細胞,好塩基球の表面にFcレセプター(Fc: fragment crystallizable:下記)を介して固着したIgE抗体に特異抗原が結合すると,細胞内から化学伝達物質が放出されて激烈な症状を発する.


化学伝達物質:
ヒスタミン,セロトニン,ロイコトリエンなどが知られている.
病理像:
身体各所の血管透過性亢進(浮腫,じんましん,発疹),平滑筋の収縮と弛緩,粘液分泌の亢進
臨床症状1)皮膚:
発疹,じんましん,2)消化管機能障害:
下痢・悪心と嘔吐・腹痛など3)循環動態:血
圧の変動とくに低下,これが「アナフィラキシーショック」の名の由来である.4)呼吸:
気管支けいれんと喘息様発作,
努力呼吸,聴診で乾性ラ音か時に湿性ラ音がきこえる.呼吸困難,呼吸停止に至ることもある.

時間経過:
激烈,数分でおこる.
原因物質:
各種の薬物,血清,昆虫の毒,花粉.理論的には何で発生しても不思議ではない.
原因物質として臨床的に多いもの:
抗生物質
局所麻酔薬:特にエステル構造のもの(プロカイン,テトラカイン,ヌペルカイン.また,局所麻酔薬などの保存料として使用されるメチルパラベンのよるものも知られている.
診断薬(ヨード系薬物)
経静脈投与の方が激烈だが,筋注・皮下注・経口・経気道・経皮投与でも起こる.
各種たんぱく製剤:ポリペプタイドのホルモン,ヘパリン,血漿と代用血漿など.
注1)Fc: fragment crystallizable
IgGをパパインで分解すると,2本のH鎖のC末端フラグメントが得られる.分子量約5万である.補体結合などの生物学的活性をもつが,抗原結合部位はない.
ウサギのFc は結晶しやすいフラグメントなので,“crystallizable fragment”つまりFcと表現する.
注2)Fcレセプターまたは Fc受容体
免疫グロブリンのFc部位と特異的に結合し,生物学的活性を発現させる細胞膜上のレセプター.



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鑑別診断:
他の原因によるショック
出血,感染,神経原性ショック
悪性高熱

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治療の原則

治療の原則は「呼吸と循環の維持」,これである.つまり,蘇生の原理と等しい.具体的には,

呼吸面

酸素投与
酸素が十分いけば,呼吸障害で心臓はとまらない.何とか動いてくれる.呼吸がしっかりしていれば,通常のポリマスクでよい.
呼吸困難や呼吸障害のつよい時は,ジャクソンリース回路+麻酔用マスクで,100%の酸素を投与する.
気道確保
下顎保持だけで済めば,簡単だが.
エアウエイやラリンジアルマスクが必要なこともある.
いよいよきわどければ,気管内挿管する.
自発呼吸が頼りなければ,人工呼吸
循環面

点滴を入れる.
目的は二つあり,一つは輸液路を確保して大量の輸液を投与すること,もう一つは薬物投与経路の確保である.
静脈還流の保持のために,三つの方法を組み合わせる.輸液・昇圧薬(血管収縮薬)・下肢挙上の三つである.
輸液:
大量の輸液を与える.細胞外液の組成のものをつかう(乳酸加リンガーなど).成人で1L〜2L程度まで短時間に投与する.下肢挙上:腰から下の部分で,下肢全体を挙上する
各種薬物

心臓刺激薬・昇圧薬・血管収縮薬
アドレナリン(ボスミン):10倍希釈液(0.1mg/ml)を1mlずつ管注する.
イソプロテレノール(プロタノール):0.6mgを200mlにといて,点滴で与える.
エフェドリン:10倍希釈液(4mg/ml)を1mlずつ管注する.
ネオシネフリン(ネオシネジン):昇圧薬としては強力だが,気管支拡張作用はない.気管支収縮を起こす作用も報告されているので,アナフィラキシーショックでの使用は疑問である..
ドーパミン(イノバン):昇圧作用はよわいが,腎保護に有用である. 2-10μg/kg/分程度を点滴静注する.

気管支拡張薬
アドレナリン・エフェドリン・イソプロテレノールは,いずれもこの作用も狙って投与する.他に,
ネオフィリン 250mg :10倍希釈で,25mgずつ分割注入するか,1mg/ml程度に希釈して持続点滴する.

ステロイドへと抗ヒスタミン薬の考え方
ステロイド:ステロイドは,すでに発症したアナフィラキシーに対しては即効性はない.しかし,アナフィラキシーは“一回限りの現象でなくて反復し持続して”治療に対してリバウンドもあるので,一応投与する.ハイドロコーチゾンで300mg〜500mg程度を,管注か持続点滴する.(ソルコーテフ,ハイドロコートンなど)
抗ヒスタミン薬:アナフィラキシーショックが一度発生したら有効性は低いとされる.ヒスタミンはすでに遊離しているからである.しかし,ステロイドの項でも述べたように,リバウンドもあるので一応投与する.ポララミン 5mgをゆっくり静注.


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モニタ−

血圧と心拍数:
連続的ないし疑連続的に監視測定すること
心電図:
ときどき記録もとる.
パルスオキシメーター:
換気と酸素投与の結果をみる.プレティスモグラフによって,末梢循環も観察できる.
CVP(中心静脈圧):
輸液量の調整
体温:
血流の保たれている低血圧か,心拍出量そのものが低下しているかの鑑別に有効.また,悪性高熱でないことの確認としても必要である.
尿量チェック:
直接腎障害が発生することも理論的には考えられるが,頻度的には循環動態の変化を介することが多いとされる.つまり,ショックと使用する薬物による腎血流障害である.
血液分析:
血液ガス,電解質
血清化学
溶血のチェック


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予防
アナフィラキシーショックは,速度が速く症状が激烈で,発生すると生命にかかわり,治療に難渋する.
したがって,発生の可能性が考えられる時は,できるだけ回避する.
チャレンジが必要な時は,ステロイドと抗ヒスタミン薬を投与しておく.
輸液路確保
酸素を確保
各種薬物を準備して,すぐに対応できる体勢を整えておく.
各種救急蘇生に慣れた医師に立合ってもらうこと.


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麻酔事故とアナフィラキシーショック

麻酔事故は,以前は“アナフィラキシー”“特異体質”として医師側が逃げることが多かった.笑気と酸素を間違えたというようなものも,“患者の特異体質”で逃げていたのである.最近,その状況が変化してきている.パルスオキシメーターの使用が確立し,ハイポキセミアがしっかり検出できるようになったからである.この手法の確立には二つの面がある.

実際にはハイポキセミアのものを,アナフィラキシーとして逃げることは許されなくなった.パルスオキシメーターに数値がでているので,それが低値を示せばハイポキセミアである.
パルスオキシメーターを使用していれば,ハイポキセミアでないことは確認できる.したがって,患者の容体が急変した際に「麻酔医のミス」として非難されないで,アナフィラキシーであることを積極的に主張できる.
実際,パルスオキシメーター使用中に薬物アナフィラキシーが起こって,ハイポキセミアではないことを積極的に主張できた症例が知られている.
諏訪邦夫,菅井直介(編):麻酔の教育と安全(第9回日本臨床麻酔学会総会記録) 克誠堂,東京 1990. 91ページ

蛇足: アナフィラキシーショックの歴史


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諏訪邦夫

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