ハロセン肝炎
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概念と病態 ハロセン麻酔を受けた患者が後になって肝機能障害を起す状態をいう. 肝機能検査でようやく検出される程度の軽度なものが多い. 稀には,激症肝炎を起して死亡することもある. 軽度なものと激症型とは,基本病態が異なるという説も有力である. 症例報告から 症例報告からみると,胆道系の手術・胃や十二指腸の手術・膵臓の手術などで頻度が高く,脳外科や体表面の手術のように肝臓から遠い部分の手術での発生報告は少ない.しかし,1960年代に全米で百万例以上の症例を集計した“National Halothane Study”では,ネガティブの結論を出した(JAMA 197(10):775-788.1966.).
臨床的なデータとしては,小児や脳神経外科での使用は比較的障害が少ない.
因子 その後もっと軽度な障害をも含めて検討されるようになった.ハロセン肝障害は肯定する人が多い.1980年ころの報告では,“ハロセン肝障害”の頻度を高める因子として,次の因子が上げられている. 中年の女性 ハロセンの反復 肥満 メキシコ系(アメリカでは) 他の薬物の寄与が否定できない とされている.激症型の発生頻度は,ハロセン麻酔1万例に1例の桁という.
ハロセンの代謝との関係 吸入麻酔薬は,従来体内で代謝を受けることはないと考えられていたが,現在ではかなりの量が代謝を受けることが判明している.ハロセンの代謝経路には大きく2種あり,酸素を使う系(酸化系)と酸素を使わない系(還元系)とに分かれる.通常の状況では前者が断然優勢で,代謝産物にも特別な毒性はない. 一方,還元系で産生される物質,すなわち酸素供給の障害された状況で産生される特殊な代謝産物(ハロセンの還元によって生ずるCF2CHCl,CF2CHBr,CF3CH2Brやその他の中間代謝物)が肝障害を起すことが動物実験で証明されている. したがって,次の仮説が有力である.
仮説: 仮説として有力なのは,“周術期に肝循環障害やハイポキセミアのためにハロセン代謝が還元系に傾き,毒性物質が産生された場合に肝障害が発生する”. ハロセンによる肝障害を“炎症”と呼ぶべきか否かは議論が分れている. 酸素供給の障害された状況で産生された特殊な代謝産物(ハロセンの還元によって生ずるCF2CHCl,CF2CHBr,CF3CH2Brやその他の中間代謝物)が肝障害を起す. 有毒代謝物は,酸素供給の障害された条件で量が多くなりやすい.実験的には,ハイポキセミアや肝血流を障害すると多くなることが知られている. メカニズムについて抗原抗体反応の関与もかなり有力である.
診断: 決め手はない.一般の肝炎・肝障害に準ずる.ごく少数例に,微量のハロセンでチャレンジして発症した例がしられており,抗原抗体反応の関与も考えられる.上記仮説と,抗原抗体反応とが何らかのメカニズムで連関しているのかも知れない. 治療: 決め手はない.一般の肝炎・肝障害に準ずる. 予防: 6ケ月以内にハロセン麻酔を受けた患者には,次回はハロセンを避ける.その他でも酵素誘導を起す薬物とハロセンとの併用を避ける.肝障害患者の知られている患者へのハロセン投与は,積極的な適応のない限り避ける. 肝血流を障害することの分かっている手術への使用は避ける.当然ハイポキセミア,ハイポキシア,肝血流障害は避ける. 現在では,類似の吸入麻酔薬であるエンフルレンが,作用はハロセンに類似しながら肝炎発生率は低いことが判明しているので,積極的な理由のない限り,ハロセンの代りにエンフルレンを使用する.
予防: ハロセンを使用しないのがもっとも安全である.現在,エンフルレンやアイソフルレンができて,ハロセンを使う理由がほとんどなくなった. 6ケ月以内にハロセン麻酔を受けた患者には,次回はハロセンを避けること. その他でも酵素誘導を起す薬物とハロセンとの併用を避けること. 肝障害患者のハロセン投与は積極的な適応のない限り避ける. ハイポキセミアと肝血流減少を防ぐことは大切である. 腹部手術,ことに肥満者の場合は障害がつよくなる.肝血流減少と代謝物が脂質に蓄積しやすいためである.
キーワード:激症肝炎,ハイポキシア,還元性代謝産物 --------------------------------------------------------------------------------
諏訪邦夫
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