電子版麻酔学教科書

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  何故機器によるモニターが必要か #52
投稿者  諏訪邦夫
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投稿日時  2001年02月11日 22時16分
何故機器によるモニターが必要か

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モニターは何故必要か

監視パラメーターと制御パラメーター
系の出力をみることによって,系の“健常性:Integrity”を監視する.
これはモニターを目的とするパラメーターであり,“監視パラメーター”と呼ぶことができよう.
系を“制御する”ための“制御系への入力パラメーター”を得る.
これは制御に使用することを目的とするパラメーターであり,“制御パラメーター”と呼ぶことができる.
モニターとしては双方とも必要であり,広い意味では“監視パラメーターは必ず制御パラメーター”である.監視だけして,パラメーターに著しい変動がおこっても絶対に行動を起こさない,ということはない.

しかし,実際の業務においては,一方の性格を強くもつことも多い.心拍数や酸素飽和度などは監視パラメーターである.筋弛緩などは本来制御パラメーターである.また状況によって,同じパラメーターの目的が変化するもある.例を挙げると,血圧は通常は監視パラメーターであるが,低血圧麻酔の場合は血圧を見ながら薬物量を加減して血圧を調節するので,制御パラメーターの性格が濃厚になる.

手術室で患者を“モニター”する場合,なぜ機器が必要であろうか.これについては,筆者がしばらく前に,雑誌「臨床麻酔」の巻頭言として“モニターの必要な三つの理由”という文章を書いた(諏訪,1990).そこでは,

パラメーターによっては患者をいくら観察してもわからない
モニター機器の教育効果
患者をみる能力の較正
の三つを挙げている.


機器と人間との相互関係 − 重症患者のケアは何故モニターや検査に頼るか − 人は判断は得意だが感知は不得意
1960年にはモニターはゼロであった.当時は心電図モニターさえもなかった.せいぜい手動の血圧計で血圧を測定していた程度である.
それが,現在のように急激にモニター装置に頼るようになり,この割合はさらに増大の方向にある.その理由は何であろうか.

第一は機器の開発である.医療の現場にいるとわかることであるが,薬品にしても検査やモニター機器にしても“医療が要求するから開発された”こともあるが,一方で“薬品や機器が開発されたから医療が使用する”という面もある.いずれにせよ,機器によるモニターはその機器がなければ使用できない.心電図モニターがこれだけ確立したのは,心電計が真空管から半導体にかわって信頼性が上がり,維持も簡単になったのも大きな理由である.

それに医療の対象がかわっている.“老人が増える”,“全身状態の悪い人でも手術をする”,“合併症の多い人でも手術をする”,“長時間の手術をする”,“ケアが複雑になった”といったことである.


“人”は高価になった
こうした点はその通りであるが,実はそうした“医療自体の変化”と共に,もう一つ重要な要素がある.それは“人”が高価になったことである.

“人が高価”という“人”は,実は二通りある.一つは患者である.医療過誤に対して“泣き寝入りをしない,誤りを許さない”のが社会通念になってきている点である.30年以前に,1千回に1回の誤りが許されたとしても,現在では1万回に1回の誤りも許されない.

もう一つは,医師の側も高価になっている点である.“誤りの回数を減らす”とは“人間を高性能化する”必要がある.しかし,人間の高性能化には厳しい長期間のトレーニングが必要であり,それは給料をはじめとして高価な医療に結びつく.トレーニングの過程ではトレーニングの完了した医師の協力が必要である.“医師を高性能化”するのにあたって,以前と同様なトレーニングシステムを採用すれば,“医師の労力”が想像を絶するほとに高価なものになってしまう.

人には寿命がある.何年もかけてトレーニングした医療担当者も,その高性能を維持できるのはせいぜい数十年である.つぎの世代の人はあらためて一からトレーニングしなおさなければならない.C/Pはわるい.


一人の医師が,一人のナースがどれだけカバーできるか
もう一つ,古典的な“トレーニング”に頼るやり方では,“一人の医師が,一人のナースがカバーできる範囲が限定されすぎる”という問題が存在する.心音を聴いて弁膜症や先天性心疾患の種類を正確に診断できる循環器の専門家も,ハンマーと眼底鏡で神経疾患を診断することはできない.しかし,重症患者のケアにあたっては両方が要求される.その場合に,“名人芸”的な組み合わせではなくて,確固たる知識と論理に基づいた医療なら短時間にマスターできるから,医師もナースも一人で広い範囲を担当することが可能なのである.


結局機器によるモニターがC/Pがいい
そこで機器が登場する.もちろん,機器も過ちを犯す.しかし,機器の過ちを少なくするのは,人間の過ちを少なくするのと比較すると,基本的に有利である.何故なら,機器は一度高性能のものを開発すれば,以後は同様に高性能が維持できるし生産費は低下するからである.人の場合のようにあらためてトレーニングし直す必要はない.

機器の高性能化は明確な目的をもって開発し改良していくことで可能である.開発費は要するが,人をトレーニングするのと比較すれば,再生産の費用は少なく,ひとたび完成すれば安価になる.だから機器を使用する方が実際的なのである.

歴史を振り返ってみよう.かつて吸入麻酔ができたときに“外科がダイナミズムを失う”という反対があったという(ダレーヌ,1988).リヴァロッチやコロトコフのお蔭で血圧測定が可能になったときに“医師の感覚を鈍らせる”という反対があったともいう(コムロウ,1987).しかし,そうした反対を乗り越えて医学と医療の基本の流れは進んできたことを歴史は教えている.重症患者のモニターも同様である.“患者の情報を捉らえ,監視する”という機能に限定すれば,現在の技術水準で人に頼る度合いは急激に減少してきている.機器の方が良質の情報をとってくれる.機器にできることに人間の能力を使うのは,“野蛮”というべきである.


どのパラメーターをモニターするか

何が必要か
手術室のモニターとして“何が必要か”を考察しよう.監視すべきは,“患者の状態が健常である”ことと,“妥当な麻酔状態にある”ことの二つを確認することである.この二つを把握確認するための生体のパラメーターを表1に示した(表1).
表1 重症患者のケアに必要なモニター


健常性のモニター
呼吸:
換気量,換気の維持,血液ガス
酸素の運搬と酸素の利用

循環:
心臓:
下の三つのパラメーターは別個に必要
電気現象
拍出量
弁や心室壁の動き
全身の循環と主要臓器の循環と血流,特に脳と腎臓

脳 :
脳血流,脳の酸素化のパラメーター,脳の機能

腎臓:
腎血流,腎機能のパラメーター,薬物排泄のパラメーター

代謝:
主要栄養素と代謝系の働き
薬物代謝


すべてを包括する“全身状態の健常性”を一つないし少数のモニターでとらえられないか?
薬物の血中濃度や組織中濃度

要求される機器の機能とパラメーターの性格

理想的なモニターの条件 − 生理的意義の確立したパラメーターが重要
モニター機器の理想として,“1.無侵襲 2.連続的 3.実時間”という三つの特性が上げられる.現実のモニターは必ずしもその通りにはいかないが,この条件の意味するところはよくわかる.それはもちろん正しい.パルスオキシメーターはこの条件をすべて満足しているから機器開発と同時に普及したのである.

けれどもそれ以前に,監視測定するパラメーター自体が“生理的に意義があり,理解が行き届いている”ことが重要である.そうすれば情報が使いやすく,人々の納得も得やすいからである.この点はパルスオキシメーターの場合も特に重要である.この装置の測定パラメーターは“動脈血酸素飽和度”である.パルスオキシメーターが素晴らしいのは,動脈血酸素飽和度という人体生理での重要度と理解の確立しているパラメーターを測定したからである.

モニターのパラメーターとして確立しているものは,いずれも生理的に明確に定義,理解されているパラメーターである.血圧もEKGも体温も,そうした意味でモニターとして容易に確立して行った.

これに対して,生理学の標準を外れたパラメーターは,いろいろな提案がつけくわわったりして確立しにくく,普及も遅い.脳波(誘発脳波やパワースペクトル解析も含めて)や筋弛緩のモニターが,有用性は認識されながら未だに確立普及しない理由は,技術的な困難もさることながら,パラメーター自体の生理的な意義や評価の基準が確立していないのも大きな理由である.“このパラメーターが50なら健全だが,20では障害がある”という,“ただの尺度”では納得しにくい.ましてや生の脳波のように,パターンの修得に特別の訓練を要するようなものは,一般的なモニターパラメーターとはならない.脳の活動性を判定するのに“眼輪筋がどのくらい活動しているか”とか“食道内圧の動きは充分か”などを使うことが提案されている.これが,それなりに有用なことは疑えないが,パラメーターの取り方や解釈をめぐって意見が一致しにくく,パルスオキシメーターのような急速な確立普及は望めない.


費用の問題
モニター機器は高価である.それは当然個々の患者の負担となる.医師やナースの仕事の部分にかかわる費用つまり“医師の費用”“看護料”よりも“モニター使用料”の方が高価になるかもしれない.しかし,重症患者のケアを“絶対的に安全”,例えば現在のそれよりも一桁から二桁も安全度を高めることを目的とするなら,これは避けることはできない.これに許される費用はどの位であろうか.根拠はないまま大胆な提案をすると現在の物価と経済構造からいって,“ICU滞在一日あたり10万円まで”なら許されようか? この費用をどう設定するかは今後の課題である.
用語の問題:モニターとモニタリング
モニターとモニタリングの用語について付言しよう.一般論とすれば,モニターは“機器”を表し,モニタリングは抽象的な“モニターする行為”を表現するだろう.その意味で本書の書名は“モニタリング”を採用している.

ただ,日本ではモニタリングという語はまだ熟していないと思う.“モニター”を「行為」にも使う.“臨床モニター研究会”,雑誌“臨床モニター”がその例である.英語では“clinical monitoring”というところである.この点に関しては本稿の筆者はいずれでもいいと考えている.本来の英語でも使い分けはそれほど厳格ではないし,やがて時間がたてば日本でもしかるべきところにおちつくであろう.落ち着かなくても差し支えはない.あるいは知恵者が日本語を造語してくれるかもしれない.

文献

Cooper JB,Newbower RS, Moore JW Trautman ED. A new anesthesia delivery system. Anesthesiology 49:310-318.1978.
諏訪邦夫 巻頭言:モニターの必要な三つの理由 臨床麻酔 14:303.1990.
ダレーヌ(小林武夫・川村よし子訳) 外科学の歴史 白水社,東京 1988.
コムロウ(諏訪邦夫訳) 心臓を探る発見の物語 中外医学社,東京,1987.


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諏訪邦夫

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