モニタ−の必要な三つの理由
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しばらく前のことです.新しい研修医達に,手術室のマススペクトロメーターシステムの説明をしたところ,一人が“これを使って麻酔を習うと,ないところでは麻酔ができなくて困りませんか”と質問しました.
するどい質問です.これにどう答えるでしょうか.“その通り”と答えたのでは落第です.測定やモニターの意義を否定することになるからです.“だからモニターの整った病院で働きたまえ”というのは暴論です.最高の設備の病院だけがそろうことはありえない現実だからです.
一方で“測定しモニターし”ながら,一方で“患者をよくみろ”と研修医に強調しています.これは矛盾しないでしょうか.“患者をよくみればモニターは不要”でしょうか.そんなことはありません.モニターは必要です.理由は三つあるでしょう.
モニターによっては患者をみてもわからない モニターの教育効果 患者をみる能力の較正(キャリブレーション) の三つです.
酸素化情報は“患者をみてもわからない”例です.症状や血圧・脈拍の継時記録では,Pao2 やSao2 の低下はわかりません.
知識があればハイポキセミアを避ける麻酔は可能です.しかし,その知識を身につけて,臨床に使うには何年もかかります.モニターの教育効果で,これが短縮できます.昔の教育がいかにのろかったかを示すエピソードを紹介しましょう.
1967年ころ,麻酔の神様というイギリス人が東大を訪れました.信奉する空気+エーテル麻酔をデモしたのですが,その時測定したPao2 は60mmHg位で,われわれ悪童たちは鬼の首でもとったように大喜びしました.麻酔中の肺酸素化能の悪いことを,悪童は承知していたのですが,“神様”はご存じなかったのです.
麻酔で肺酸素化能が低下するという発表はこの時点より遡ります.それから現在までかかって,この知識は一般化しました.一般化したのは“論文が発表された”だけでなく,採血による測定で確認し,さらに最近パルスオキシメーターが普及したからです.
“患者を見てもわからない”問題を教えるのは難しいものです.しかし,測定値があれば教えられます.パルスオキシメーターなら,麻酔中の肺酸素化能低下は一目瞭然です.つまり優秀なモニター機器は,同時に有用な教育機器なのです.この知識と認識は,昔は身につけるのに何年も要しました.現在は,パルスオキシメーターのお蔭で瞬時に身につきます.パルスオキシメーターのお蔭で,現在は研修第1例目から,この点に関しては安全な麻酔ができ,同時に根底にある酸素化能低下の問題も早く認識できるのです.
三つ目は,“患者を見て”得る情報を,モニタ−機器で“較正”することです.マススペクトロメーターで吸入麻酔薬の濃度を毎日測定するようになって,“患者をみて,考えたり感じたりしてきたのが正しかった”部分と,“誤っていた”と認識を改めた部分とがあります.麻酔がうまくかからない場合,以前は患者が異常に強いのかとも思いましたが,“気化器は全くでたらめなことがある”ことを測定で確認しました.上に述べた“患者をみてもわからない”ことを測定で認識するのも,一つの“較正”です.
社会が豊かになっても,全ての手術室に凡ゆるモニタ−がそろうことはありません.モニターなしで優れた医療を行なえるよう教育するためにこそ,モニターの整った条件で研修させる,というのがモニターの意義であり,指導者の立場です.
この文章は,下に発表したものに少し手をいれたものです. 諏訪邦夫:巻頭言:モニターの必要な三つの理由 臨床麻酔 14:303.1990.
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諏訪邦夫
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