電子版麻酔学教科書

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  呼吸と循環のモニター:総合臨床 原稿 #10
投稿者  諏訪邦夫
URL  
投稿日時  2001年02月10日 22時33分
呼吸と循環のモニター:総合臨床 原稿

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Principles of cardio-respiratory monitoring
 東京大学医学部麻酔学教室 諏訪邦夫

100字のサマリー
内視鏡を例に,モニターの必要な理由と状況,パラメーター,装置を考察した.赤外線吸収による換気チェック, パルスオキシメーターによる酸素飽和度とプレティスモグラフのチェックが中心である.何よりも大切なのは“人”である.

本文
本稿は,はじめの依頼のタイトルは“呼吸器モニター・データの読み方(含む心電図と心機能)”となっている.ここでは,内視鏡を安全に施行する問題を例にとりながら,“呼吸と循環のモニター”の基本を簡単に考察する.内容は,モニターの必要な理由,必要な状況,モニターするパラメーター,使用する装置,人の問題などである.



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モニターは何故必要か
事例
まず,事例から考察しよう.1990年12月初頭,一般週刊誌サンデー毎日に次のような記事が掲載された(文献1).これは“麻酔ミス”というタイトルで表現されているが,実際には内視鏡の際に施行の医師が麻薬と鎮静薬を使用して心停止を招いたということらしい.しかし,このサンデー毎日の記事の条件で“無手勝流で麻酔しろ”といわれたら,プロの麻酔医でも容易なことではない.
いま,この記事の事件自体を考察するのは避けるが,たとえば類似のことはよく起きている.そこで例として,“麻薬と鎮静薬の組み合わせの下で気管支鏡施行中に,心停止が発生した.原因・メカニズムとして何を考え,以後類似のトラブルを避けるためにどうしたらいいか”という質問を設定しよう.

基礎のメカニズム
原因として考えられる要素は,気道閉塞・換気の抑制・局所麻酔薬中毒・反射などである.
気道閉塞のメカニズムとしては,舌根沈下と気管支鏡による気道の圧迫・狭窄が考えられる.
換気の抑制としては,麻薬や鎮静薬自体が呼吸中枢を抑制する.つまり,安静時換気量も低下するし,二酸化炭素応答曲線は平低化し,P0.1値も低下する.
局所麻酔薬中毒は,直接循環障害(不整脈,房室ブロックなどによる心機能障害),中枢神経系のけいれんや抑制(呼吸麻痺を含む)を通じて心停止につながる.反射による心停止も起こり得る.頻度は低いがたしかに存在はする.たとえば,迷走神経反射で強い徐脈から心停止に至るなどである.

原因は複合している
ここで大切なことは,原因をこのように列記はしたものの,現実の心停止の原因は単独の要因で発生することはむしろ稀で,大抵は原因が複合する点である.とくに“蘇生の困難な心停止,障害を残す心停止はハイポキシアが加わっている可能性が高い”と推測できる.麻薬をゆっくりと投与しても,呼吸は止らないし,心臓も止らない.つまり,麻薬自体の換気抑制作用や循環抑制作用は,一見あまり強くない.しかし,麻薬や鎮静薬の投与下では,気管支鏡の存在によって“軽い気道閉塞にうちかてない”,“軽いハイポキセミアにうちかてない”ことである.薬物の作用を受けていなければ,気道が狭窄した場合にそれに打ち勝つだけの力を出して換気を維持するのが正常反応であるが,薬物の作用下ではこの反応が失われる.ハイポキセミアでは,過換気になるのが正常反応であるが,麻薬存在下ではハイポキセミアの呼吸抑制作用(ハイポキセミアは中枢神経系の機能を最終的にはすべて抑制する)が早期に前面に現れやすい.局所麻酔薬中毒の症状としても呼吸が抑制される.反射による心停止も,それだけならば蘇生は容易であるが,蘇生が困難なのはハイポキシアやハイパーカービアが加わっていて,蘇生の条件が悪くなるからである.
したがって,“麻薬と鎮静薬と局所麻酔薬を使用して,気管支鏡を不注意に施行すれば,何十例か何百例かに一例は必ず心停止かそれに近い状況が発生する,と断言しても過言ではない.よくいわれるように“1例のミスの蔭には300例のニアミスがある”ということである.

モニターの必要な状況
モニターのやり方を考える前に,モニターを必要とする状況を考えよう.気管支鏡などのような“検査”を“軽い鎮静”で施行する際,というのが一つの状況である.上記の実例のように実際に呼吸停止・心停止などが発生することはよく知られている.“本格的な麻酔”が絶対安全とはいえないが,“軽い鎮痛と鎮静”も安全ではない.
集中治療で呼吸と循環のモニターが必要なことはいうまでもない.この問題はいろいろに論じられている.集中治療室でなくて,一般病棟で重症患者を呼吸管理したり人工呼吸を施行したりする場合もモニターは必要であるが,これは集中治療室と同様に考えればよい.

どのパラメーターをモニターするか
“測定ではなくて,モニター”するというのは,患者の“健常性 − Integrity − を確認する”ということである.患者の“健常性 − Integrity − 確認”に絶対に必要な条件はいろいろに考えられるが,変化をこうむりやすく障害の頻度の高いものとして

肺胞換気が行われていること
その結果としてのガス交換が維持されていること
心臓の電気活動(心電図)
心臓と循環系の機械的活動(脈拍や血流の流れ)
の四つを確認するのが意義が深い.
これはちょっと考えると当たり前であるが,実際に施行するのは案外困難を伴う.
たとえば,“肺胞換気が行われていること”を確認するために何をモニターすればよいであろうか.胸郭や腹壁の動きを確認したのでは不十分である.気道閉塞によって,実際の換気はなくても,胸郭や腹壁は動くからであり,しかもその頻度は非常に高い.
ガス交換維持の確認にしても同じことで,ときどき血液ガスサンプルを採取して測定したのでは,その途中の確認ができていないから,不十分である.ぜひとも“連続的なモニター”が必要である.
心電図の連続モニターは容易であるが,循環系の機械的活動を“連続的にモニターする”装置は必ずしも多くはない.


どうモニターするか
実際のモニターには,確実性・使用し易さ・連続性・無侵襲などの性格が要求される.パラメーターと装置を述べておく.

肺胞換気のモニター
気道内の二酸化炭素の存在が一番頼りになる(文献2,図1).とくにそれが独特の波形を示すことを確認する.気道のガス流を確認することも有効ではあるが,二酸化炭素のモニターに比較すると装置は複雑で使いにくい.
麻酔ではマススペクトロメーターを使用することもあるが,これは吸入麻酔薬の分析を同時に狙うためであって,呼吸のモニターとして二酸化炭素をチェックするなら赤外線吸収を使用するのが一般的である.

ガス交換のモニター
上記の気道内二酸化炭素が一つの情報であるが,それ以上に絶対的な方法がある.パルスオキシメーターの使用である(文献3). パルスオキシメーターは測定精度に関してはいろいろと問題があるが,モニター機器としての有用性は絶対的である.患者の酸素レベルを無侵襲,連続的に,高い信頼度でモニターできる方法はこれ以外にない.

心臓の電気活動(心電図)
これは容易であるし,どこにでも存在する.使用しないことは許されない.

心臓と循環系の機械的活動(脈拍や血流の流れ)
心臓の活動は,電気現象と機械的な活動が多くの場合平行するが,解離する場合も少なくはない.連続的な血圧測定は一部の特殊な装置を用いる以外に望めないので,現在では指プレティスモグラフを使用するのがもっとも実際的で優れている.パルスオキシメーターは,機種によっては画面表示で指プレティスモグラフを同時に表示する.実際的で有用である.

“人”の問題
このようにいろいろなモニター機器をつけても,その情報を使えなければ,あるいは情報を使わなければ意味がない.実のところが,これが一番重要な問題である.つまり,モニター装置をつけただけでは不十分で,その情報に対応してくれる人が必要である.
現代の麻酔の考え方は,1980年代前半にハーバードが設定した基準に始まって世界中に広がったものであるが,それは表のようになっている(表1,文献4).項目の第一は“麻酔医が常時室内に存在すること.瞬時も部屋を離れてはならない”となっている.どうしても部屋を離れる必要のあるときは代わりが患者を観察し対応する.手術は勿論のこと,内視鏡であっても,術者・施行者が自ら患者を観察対応する体制では,多数症例をこなすうちには必ずトラブルが発生ずる.術者・施行者は処置自体に夢中になる状況が必ず発生し,患者の呼吸と循環は障害をうける状況も必ず発生するからである.したがって,単にモニター機器をつけるだけでなく,それを使用する人が術者・施行者とは独立に患者のケアにあたっていなくてはならない.
そのためにプロの麻酔医が必要かどうか,また現実に麻酔医の協力を得られるかどうかは別として,原理的には施行者とは別に患者を観察して対応することに力をそそぐ人をおかなければならない.
内視鏡のように一見簡単で安全な操作でも,時にそちらに一生懸命になって,患者の全身を忘れることが充分に起りうる.さすればこそ,モニターとそれを使用する“人”とを備えなくてはならない.

図1 気道内二酸化炭素曲線の例.
これは東京大学医学部附属病院内手術室でのマススペクトロメーターの記録である.曲線は気道内二酸化炭素を表すが,その他に気道内酸素濃度や各種麻酔薬の濃度も表現している.
表1 麻酔時のモニターの必要条件 1.麻酔中は常時麻酔医が存在
2.血圧と脈拍を5分以内にチェック
3.心電図:常時
4.呼吸と循環の連続モニター
 呼吸:バッグの動き、気流、気道内炭酸ガス
 循環:心音、動脈波形、プレティスモグラフ
5.回路の接続アラーム
6.回路の酸素濃度
7.体温のチェック


参考文献


松本幸四郎丈の岳父の生命を奪った東京赤坂某一流病院の「“麻酔”ミス」
 サンデー毎日  90年12月16日号 Pp26-29
諏訪邦夫,菅井直介(編):麻酔の教育と安全(第9回日本臨床麻酔学会総会記録)
 克誠堂,東京 1990. Pp.1-118
諏訪邦夫 パルスオキシメーター 中外医学社.東京,1989. Pp.1-90
Eichhorn JH, Cooper JB, Cullen DJ, Maier WR,Philip JH, Seeman RG. Standards for patient monitoring during anesthesia at Harvard Medical School JAMA 256:1017-20.1986.

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諏訪邦夫

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