肥満高齢者の術後症例
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要旨 高齢肥満喫煙歴といった条件に在るボーダーラインの肺機能患者に大手術を施行して術中から術後の経過を提示しながら,スパイロと血液ガスを中心に施行する術前呼吸機能評価法の問題点を提示した.%VCがだまされやすい指標であること,術中における肺の血液酸素化能は予測が困難なこと,そのメカニズムなどを説明し,最近導入されるようになっているパルスオキシメーターが麻酔の管理を大きくかえようとしている点等を解説した.
症例 外科手術の術前呼吸機能の評価といえばスパイロと血液ガスを中心にするのが基本である.そこで本稿ではそのやり方の中での注意点,問題点を症例を中心に説明していきたい.
[症例] 69才 女子 身長150cm,体重 70kg
術前診断:子宮頚部癌
予定術式: 広汎子宮全摘術.予定時間6時間,予定出血量2000ml
術前状態: 主婦,特別の病気の既往はない.運動歴なし.日常は夫と二人暮し.約500mはなれた盛り場へ2〜3日に一度位買物にでかける他は家でテレビを見ている事が多い.煙草は30才頃より1日1箱(20本).酒は夫にちょっと付き合う程度.駅の階段の昇降はつらい.夜中に咳き込んで目のさめる事がある.
検査所見: FVC 1380ml(予測値1963mlの70%),一秒量(FEV1.0) 980ml(一秒率FEV1.0%は71%,予測値1602との比%FEV1.0は61%)
血液ガス所見: pH 7.43 Pao2 71 Paco2 39
朝少量の痰の喀出あり.培養中.
血清生化学でγGTPの軽度上昇.その他の一般検査には特別の変化なし.
症例の術中経過 さてこの患者の術中経過をみてみよう.やや古い症例であるので,麻酔法もその他の管理法も現在の目から見ると少しクラシックである.麻酔は通常の全身麻酔,手術時間は7時間弱,出血量は2100ml.術中は表の血液ガス以外は特別の事はなかった. 表 1 症例の血液ガス経過 時刻 体位 呼吸 Fio2 Pao2 備考 8:30 仰臥 自発 空気 66 麻酔導入前 9:30 仰臥 自発 .33 71 手術開始前 10:15 頭下 人工 .4 53 手術進行 10:45 頭下 人工 .4 82 PEEP 5cmH2O 11:45 頭下 人工 .4 48 PEEP 5cmH2O 13:00 頭下 人工 .5 91 PEEP 5cmH2O +死腔 14:30 頭下 人工 .5 121 同じ 16:00 仰臥 人工 .5 144 手術終了直前 16:40 仰臥 自発 1.0 101 手術終了10分後
患者の自発換気量は充分で,Paco2も良好であったが,自発呼吸ではPao2 が維持できないために気管内挿管のまま,術後も人工呼吸に移行した.
術後経過 本例の術後管理はかなり難航した.翌日には抜管して自発呼吸,マスクでPao2 は維持できるようになったが,予想通り左下葉の無気肺から両側下肺の肺炎をおこし,6日後にふたたび気管内挿管し2日間の人工呼吸を余儀なくされした.その間著しい低蛋白血漿(TPで4未満,アルブミンは1〜1.5)に悩まされた.この人工呼吸を契機に改善に向い16日目にようやく歩行が可能となった. こうした術後呼吸不全は大部分が患者の原疾患と手術そのものに原因していると考えられるが,術中のハイポキシアが寄与因子として働いている可能性も術後の経過を検討して見ると少しく疑われる.現在のパルスオキシメーターを使用する麻酔法ならもう少し良好な経過が期待できるかもしれない. 術後管理の施行法に関しては標準的であって特別なことはなかったので解説は省略する.
おわりに 高齢肥満患者での大手術でみられた術中から術後の呼吸不全に関して反省を含めて解説した.術前状態の評価があまかったこと,術前の処置が全く何もなされていなかったこと等が苦戦を強いられた原因と考えられる.
文献: 諏訪邦夫 スパイロと血液ガスで行なう術前評価の問題点 呼吸 7:813-817. 1988.
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諏訪邦夫
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