症例:肝機能障害患者でのヴェクロニウム
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性 : M
身長: 155
体重: 55kg
病名: S字結腸ガン
手術: 人工肛門造設術
病院名:東京大学医学部附属病院
術前: Hb 8.3, PT 59%, APTT 34.7 sec ChE 186(nl 300-700) LDH 281, GOT 37, GPT 27 Cr 1.3 BUN 40.9 Na 132 K 4.3 Cl 104 Ca 8.1 (正常下限) DM FBS 141 呼吸機能 nl(VC120%,FEV1.0 86%) 血液ガスnl LCの歴史,食道離断術後 マグネシウムの測定値なし.
麻酔法1:全身麻酔
麻酔法2:筋弛緩薬モニタ−+記録
事件の説明概要: 術前から,重度の肝機能障害+中等度の腎機能障害があった. 血液凝固能のデータは軽度障害であったが,出血傾向の症状があったので,硬膜外麻酔施行せず. 筋弛緩薬をはじめ各種薬物の作用が異常であることが予測されたので,筋弛緩薬のモニタ−を予定した.麻酔担当者(諏訪)は,普通の刺激装置を使用する予定であったが,たまたま手術室にいた専門家(菅井直介先生)が,記録装置(datexのレラクソグラフ)を準備してくれた.
麻酔の経過: 笑気70/酸素30%を3分ほど投与.サイオペンタルを100mg与えてから,上記装置のコントロールをとる.さらにサイオペンタルを125mg追加し,サクシニルコリンを50mg投与して気管内挿管して,そのまま自発呼吸の回復をまった.
約12分後に筋力が急速に回復し,自発呼吸発現. 丁度,手術開始が近付いていたので,ヴェクロニウムをまず1mg投与.2分後にT1が95%までしか低下しないので,さらにヴェクロニウムを1mg追加.合計2mg. この量で,T1もT4も完全にゼロ. 約30分後にT1がわずかに出現.約55分後にT4がわずかに出現. その後の経過:ベクロニアム投与の時点をゼロとして, T1 T4 30分 3%? 0 60分 30 3 90分 35 5 120分 55 20 150分 80 50 157分 85 65 (手術終了)
ここで,1.25mgのネオスティグミン投与.T1はあまり変らないが,T4は急激にT1に近付く. さらに,1.25mgのネオスティグミン投与後に覚醒.抜管.その後の経過は良好.
分類: 筋弛緩薬
キーワード :筋弛緩薬,ヴェクロニウム,肝障害,薬物異常反応
ポイント: ヴェクロニウムが肝障害で代謝が遅れるというのはきいていたけれど,そもそもこの患者ではものすごく敏感だった.2mgで完全な筋弛緩が得られるとは予想していなかった. 結果的にはサクシニルコリンで気管内挿管してよかった.ヴェクロニウムでスタートしていたら,最低でも0.1mg/kg程度は使用していたろう.実際,担当の研修医はヴェクロニウムを10mg準備していた.そうしたら夕方まで患者に張り付いていたかな. 記録をとることの有り難さを痛感した.菅井先生がいなかったら,諏訪は刺激装置をつけただけで,いつまでたっても反応が出ないので,「刺激装置が悪いのではないか」と疑ったろう.それがやや精密な装置でしかも連続記録があったので,安心してモニタ−を信用できた.
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諏訪邦夫
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