リバ−ス
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非脱分極性筋弛緩薬(dTc,パンクロニウム,ベクロニウム)を使用した麻酔の終了時に,アトロピンとネオスティグミンとを投与して筋弛緩薬の作用を消滅させる操作を言う.英語の”Reverse”(「逆転する」) 投与量はネオスティグミンの項を参照.
タイミング: 筋弛緩薬の作用が或程度切れかかっていることを確認して施行するのがルールである.そのためには,リバースの時点をなるべく後にする.成功の確認は筋弛緩のモニタ−装置を使用する他,患者の表情や,呼吸の様子も観察すること. リバ−スに失敗したらそれ以上ネオスティグミンを反復せず,人工呼吸を行いながら各種パラメ−タ−をチェックする.低体温,電解質異常,酸塩基平衡異常,肝腎機能低下などがリバースを困難にする要素である.
投与量: ネオスティグミン0.05〜0.07mg/kg(成人で2.5〜3.5mg).アトロピン0.02mg/kg(総量1mg).
問題点 リバース薬(ネオスティグミン)の作用時間は,筋弛緩薬の作用時間とあまり変らない.したがって,なんらかのメカニズムでネオスティグミンの作用が先にきれて筋弛緩薬の作用が再現することがありうる.たとえば腎障害患者で筋弛緩薬の排泄が悪い時などである. 「手術が終わった,それリバース薬を入れよう」と,機械的にやらないこと. 呼吸がしっかり出ていれば,それからリバースして筋弛緩薬の作用が再現する可能性は非常に低い. 呼吸がある程度出ていたら,まず抜管してしまい,あとはマスクで人工呼吸しながらゆっくりリバースした方がよい場合も多い.またしっかり麻酔を維持しておくことの好ましい場合も少なくない. 例: 手術終了直後に体位の変更の予想される患者.とくに頚を動かす患者. 開頭術後の患者など咳をさせたくない場合 咽頭部の損傷を避けたい患者,術後の咽頭痛を避けたい患者 などがこれにあたる.
著者の使い方: 「手術が終わった,それではリバース」と機械的に投与しない.筋弛緩が少し残った状態で抜管して,あとはマスクで人工呼吸しながらゆっくりリバースした方がよい場合もある.また,しっかり麻酔を維持しておくことの望ましいこともある. 例: 手術終了直後に体位変更の予想される場合,とくに頚を動かす患者. 開頭術後などで咳を避けたい場合.
蛇足: 1993年秋,ネオスティグミンを使用したリバースに関して,とんでもないことが持ち上がっている.それはこういうことである. ネオスティグミンが治療薬として認可されたのは,1930年頃らしい.そのまま,今日の使用に至ったわけだが,問題は 筋弛緩薬の拮抗薬としての認可を得ていない.クラーレが臨床に導入されたのは1950年代で,1930年にはクラーレ系の筋弛緩薬を臨床で用いることはなかった. 静注の認可を受けていない.皮下注射と筋注だけである. つまり,われわれのネオスティグミンによるリバースは二重に違法なのである. 最近,薬物の適用外使用がやかましくなって,法律的な規制も健康保険からの規制もやかましくなったのを受けて,厚生省が問題にしているらしい. ネオスティグミンは単価が安いので,これを厳重に問題にしたら,製薬会社は認可をうる手順は踏めない.かりに,単価10円で1例に5アンプル使用,年間20万例に使用として,収入の合計(収益でなくて売上げ総額)が1千万円にしかならない.適用拡大の認可を受けるにはこの1桁上の金額を要するので,製薬会社としてはこの薬物の認可手順は踏むのに逡巡している. 薬物の適用外使用はある程度厳密なのは当然だが,といってこの薬物の場合にも当てはめるべきだろうか.ネオスティグミンによるリバースの例数が年間20万例として,累積では30年〜40年近いから数百万〜1千万例の症例を重ねている.一方,認可のために行なう試験はフェーズ2で10例,フェーズ3で100例以下である. 1千万例に先に使用してから,100例で検定するというのは論理的ですか? 一つだけさいわいなことがある.ネオスティグミンがだめでもエドロフォニウムがあるので,“非常に困る”ということはない.
蛇足2: 最近,リバースがむずかしいという状況の発生頻度はごく小さくなった.理由は三つ位あるだろう. 中心の筋弛緩薬が寿命の短いベクロニウムに移行したこと. 筋弛緩薬の作用を臨床判断だけに頼らず,電気刺激とその反応を使うモニター装置を使用した客観性の高い方法に頼ること. 術中から術後の体温管理がよくなって,低体温による筋弛緩薬の作用の延長の危険が少なくなったこと.低体温なら,あらかじめ筋弛緩薬を少量注意深く使うようになった点など.
キーワード:非脱分極性筋弛緩薬,ネオスティグミン,筋弛緩のモニター
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諏訪邦夫
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